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ボブ・マーリーが『Exodus』に込めたもの
ボブ・マーリー(Bob Marley、1945 - 1981年)の名前に惹かれて、『ザ・プロファイラー〜夢と野望の人生〜 ボブ・マーリー なぜ命がけで歌うのか』を観ました。私がボブ・マーリーを知ったのは1977年リリースの『エクソダス(Exodus)』からですが、たちまち夢中になって、当時はこのアルバムばっかりを聞いていましたね。

でも番組を観るまで、こんなに凄い人だとは知りませんでした。音楽というのは波動そのものであり、芸術の中でも最もピュアで力強い言葉だとかねてから私は思っています。その中でも、ボブ・マーリーは「レジェンド(伝説)」と言われるに相応しい魂を有した人であったことがよく解りました。

「Exodus」というのは、『旧約聖書』の中にある「出エジプト記」の英語表記で、「脱出」という意味合いを含んでいます。モーセが、当時奴隷状態にあったイスラエルの民を率いて、エジプトを脱出したエピソードのことです。

ボブ・マーリーが、自身の運命に重ねて(政治抗争に巻き込まれて命を狙われ、イギリスに脱出しなければならなかった)これを歌ったことは間違いないところでしょうが、彼が「脱出」に込めた意味は、もっと大きなものです。すべての人間が、権力者の支配から「脱出」して、真の道を歩めと言っているのです。そして、

Move! Move! Move! Move! 動け! 動け!、と。

行動しろ、と。
この方のブログに歌詞の対訳が載っていますから、ぜひじっくり読んでください。
『エクソダス』を繰り返し聴いていると、元気が出てくる。そういうエネルギーをこの歌は持っています。

ボブ・マーリーという人は、結局、神の言葉を「知っていた人」だと思います。36歳の若さで癌で亡くなってしまうのですが、そういう意味では「選ばれた人」でもあった。私にはそれが解ります。顔が澄んで輝いているし、行動も、愛そのものです。

ラスタファリ運動 (Rastafari movement) 」を背景として登場しているために、「行動しろ!」ということを、闘争的に解釈する向きもあるかも知れませんが、ボブ・マーリー自身は、全き愛の人でした。

支配者層の白人男性と黒人女性の奴隷との混血児として誕生したボブ・マーリーは、どちらの側からも差別される中で、闘争ではなく、融和を希求したのです。だからこそ、1978年の「ワンラブ・ピース・コンサート」で、政治抗争の火種となった2人の党首を、即興の歌を歌ってステージ上に招き、和解の握手をさせてもいるのです。

「One Love Peace」という、これ以上ないシンプルなメッセージ。これこそ、音楽の力。この時の映像は本当に感動的です。

次のYoutubeに、「ボブ・マーリー名言集」というのをまとめて載せていらっしゃる方がいらっしゃいます。この言葉を見れば、彼が「知っていた人」であることが、ハッキリ解ります。

●ボブ・マーリー名言集
『坂の上の雲』を観て感じたこと
BSで『坂の上の雲』の再放送をやっています。本放送の時は飛び飛びにしか観ていなくて、ストーリーの展開がよく解りませんでした。そこで今回は1回目からずっと観ているのですが、やっぱりよく解らない。聞くところによると、本当は全18話だったものが、脚本家にアクシデントがあって13話に短縮してしまったんだそうですね。(再放送では1話分を2回に分けて放送)

それは仕方ないとして、画面づくりの厚みや、光線の具合、CG等、もの凄くお金をかけているのが分かります。本木雅弘さんの堂々とした芝居にも圧倒されました。軍服のウエストがかなり絞ってあって、厚い胸を強調しているのでよけいにカッコいい。本木雅弘さんはいい役者になりましたね。

さて、21・22回は二百三高地の攻防を描いた戦闘シーンが続いたのですが、観ているうちにだんだんと吐き気がしてきました。それは戦闘シーンが残虐だとか、そういうことではないんです。

最近は、手軽で高性能なカメラの登場やデジタル編集の技術が上がってきて、いかにリアルに戦闘シーンを描くかということが日々更新されています。この『坂の上の雲』も5.1サラウンドを駆使して、非常に丁寧に空気感を描いています。テレビでここまでやるのかというくらい凄いです。

でも、二百三高地の制圧がその後の日本を決定づけたということになっていて、それがドラマのクライマックスとして位置づけられているのですが、二百三高地の頂上に日の丸が揚がると、やっぱり自分の中にも「よくぞやった!」という気持ちが一瞬湧いてきて、それが次に吐き気を催すのです。

日露両国合わせて11万人を超える将兵が亡くなった。寒冷の地でのその消耗戦を実にリアルに描いたとしても、丘の上に日の丸が揚がった途端、死んだ兵隊や敵のロシア兵のことなどは一遍に吹き飛んでしまう。そうなると、そのリアルさが、後の高揚感を演出するための道具でしかなくなってしまいます。それが気持ち悪い。

戦争にはどうしたってそういう面がある。イタリア、フランス、ドイツ、スペイン、ルーマニア、ラオス、平壌にはみな凱旋門があります。日露戦争の勝利では、日本人は提灯行列をしてそれを祝いました。

この『坂の上の雲』というドラマにも、そういう視点が色濃く出ているんですね。だったら、前半の正岡子規との友情物語、あれは一体なんだったのかということになる。結核と脊椎カリエスを患って苦しむ正岡子規への労わりの気持ちが、どうしてロシア兵にも向けられないのか。

乃木希典は、戦場で息子を失って「よく死んでくれた」とまで言う。それを美談に描いていいのかどうか。キャスリン・ビグロー監督の『ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)』で感じた気持ち悪さも全く同じ。勝利者の視点になった途端、「人類みな同胞」という意識がかき消されて吹き飛んでしまう。これにはもう耐えられないです。