by Rainbow School
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「集団生活」と「ルール」
迷ったときには動物に聞け。このことは、このブログで何度か書いてきました。人間は大脳が発達したおかげで、大脳の暴走を止められなくなってしまったのですが、動物たちは自然の掟をよく理解し、自然が織りなす調和の中に、それぞれが居場所を見つけて生きているのです。

動物の中には、集団で生活する者たちがいます。イワシの大群や渡り鳥が飛んで行くのを見ると、実によく統率がとれています。彼らは、集団生活の中で自分に「我慢」を強いているのでしょうか? とてもそんな風には見えませんよね。やはり「自由」に自然に生きているのだと思います。

でも集団生活の「ルール」のようなものは厳然としてある。それは誰がどのように決めているのでしょうね? 民主主義でしょうか。投票でしょうか。話し合いでしょうか。それともボスがいてそのボスがみんな決めているのでしょうか。これは、研究者の間でも、未だに分からないことがらだそうです。

しかし必要があってそうしている。それは種が生き残っていくために本能に自然と備わった知恵です。「自由」に生きるために「ルール」がある。「自由」を確保するために「ルール」があるのです。

もし、交通量の激しい交差点に信号機がなかったとしたらどうでしょう。たちまちその交差点は大混乱に陥ってしまいます。信号機があることによって、そして信号機が示す「ルール」を守ることによって、集団の「自由」が確保されているのです。

しかし、学校生活や地域コミュニティでしばしば問題になるのは、こうした「ルール」が、本来の目的を忘れて、先ず「ルール」として存在し、人々を縛る道具にされがちだということです。いわゆる「ルール」の押し付けというものです。

スカートの丈は膝上何センチでなければならないとか、我が部では男子は丸坊主にならければならないとか。もしそれを「ルール」とするならば、集団生活の上でそれを「ルール」とすることが、全体にとっての利益になるんだという合理的な理由が示されなければなりません。

球が速く投げられることや打率のアップと、ヘアスタイルにどんな関係があるのかという疑問に、きちんとした説明がなければ、誰しも納得できないでしょう。そうでなければ、「ルール」は「自由」を確保するためのものではなく、単に「自由」を奪うものになってしまいます。

理由は、球速や打率には関係ないけれども、丸坊主の方が美的だとか、チームの一体感が保てる、といったことでもいいと思うのです。その「ルール」に参加する当事者たちの大多数が納得し、確かにその「ルール」があった方がいいと認めさえすれば。それが、人間が動物から学べることだと思います。
「自由」と「忍耐」ということ
人は本来的に「自由」である。子供のころから、私はずっとそう考え、そのように生きようとして来ました。ところが、それとは真逆のことを子供たちに教えることが「教育」である、と固く信じ込んでいる大人たちが大勢いるのです。最悪なことに、特に「教育者」と呼ばれる人たちの中に。

世の中に出たら自分の思うようになんてならないんだよ。集団の中ではルールに従わなきゃならないんだ。言いたいことがあっても、じっと耐え忍ばなくてはならないこともあるんだ。人生には忍耐というものが必要なんだよ。

どれも、もっともな考えのように聞こえます。しかし、もしそれを自分の子供なり生徒なりに話している大人が居たとしたら、その人は、自分がそのように生きてきたということなのです。自分を解放していないだけではなく、その間違った信念を子供たちに植え付けるという二重の罪を犯しているのです。

仮に私が政治犯として捕らえられ、グァンタナモ刑務所にぶち込まれたとしましょう。刑務官らは、私を檻に入れて束縛し「自由」を制限しようとします。世の「教育者」と呼ばれる人たちからすれば、社会に出ること、会社に入ること、学校生活を送ることは、みな同じようなものだと教えているわけです。

しかし、たとえグァンタナモ刑務所の独房に入れられたところで、私の「意識」にまで、彼らが鍵を掛けることはできません。それがつまり「自由」ということなのです。
本来的に人はみな「自由」なのです。

では、「世の中は、自分の思い通りになんてならないよ」と教えている大人たちは、いったい何をしているのでしょう? 本来的な「自由」に、(自分で)鍵を掛けることが生きていく上で大切なのさ、と教えているのです。

そうして、自分で自分に鍵を掛ける訓練を繰り返し練習させ、そのようにして育った大人が、また次の世代に同じテクニックを教えているのです。なんという馬鹿げた訓練システムでしょうか?

「忍耐」とは、自分に鍵を掛けることではありません。真逆です。「自由」を行使するときにぶち当たる困難に対してひたすら耐え忍ぶことなのです。いつか花が咲く。そう信じて、「自由」の道を突き進むことなのです。

あなたは「自由」です。どうぞ「自由」の道を歩んでください。たとえどんな困難にあったとしても。
私の「2000年代サブカルチャー」論(2)
リアリティというのは、自分の中に収められた感覚ですから、感覚器が受け止めた元のものに実体があるかないかということは重要なことではありません。人はそこを勘違いしてしまいがちですが、初音ミクに実体がないと言えば、小説を読んでまざまざと浮かんだ情景だって実体がないものなのですから、両者は同じです。映画だって、音楽だって、みな実体はありません。

では何が違うのでしょうか? 私は、読み取っているあるいは感じ取っているリアリティの「好みの差」だと思うのです。ここに時代感覚、世代感覚が強く現れていると思う。そして、失礼を顧みずに言えば、物事の成り立ちや本質を見抜く目や、自分で工夫してみるという訓練がなされてきていない分、底が非常に浅いという感じを受けるのです。

たとえば街に出ると、ニューウェーブのラーメン屋が非常に多い。でもそれはみな誰かがどこかで作ったスタイルを真似ていて、ごくごく狭い部分での差異化を競っているだけです。ポスターはみんな判で押したように、Tシャツ姿で腕組みして、頭にタオルを巻いて「俺の、こだわりのとんこつ味」を筆文字で書いて強調している。

みんな、誰かが企画したもの、誰かが用意したものに乗っかることで、リアリティを共有できた気になっている。それはもちろん、そう仕向けている者がいるからなのですが、そこに疑いや抵抗や拒絶感を持たない従順さが、若者世代共通の感覚として育っているように、私には感じられるのです。

そこにあるのは、ポップカルチャー(大衆文化)でもなく、カウンターカルチャー(対抗文化)でもなく、サブカルチャー(逸脱文化:宮沢章夫さんの新たな定義)でもない、あらかじめ仕組まれた大衆操作のワナがあるだけなのだと思う。

ポップカルチャーは、複製権(印刷やレコード)の自由化によって成り立たなくなり、カウンターカルチャーは抵抗すべき主流の弱体化によって意味をなさなくなり、サブカルチャーは、あらかじめ与えられたフォーマットによって見え透いた嘘となり、すっかり魅力を失ったと思います。

宮沢章夫さんが「サブカルチャーはどこへ行くのか」で締めくくったのも、むべなるかな。そしてサブカルチャーの定義として「逸脱」が重要としたのも、なんとか次の「逸脱」が出てきて欲しいという親心のようなものなのだと、番組を見ていて私は感じました。
私の「2000年代サブカルチャー」論(1)
宮沢章夫さんの『ニッポン戦後サブカルチャー史』全10回が10月3日をもって終了しました。9回目が1990年代で、この時代から自分は時代との密着感が保てなくなったのだな、ということがよ〜く解りました。早い話が「青春」の終わりですな。

宮沢章夫さんは「コンピュータおたく」として、この時代を同調しながら乗り切ったということですから「凄い!」と関心していたのですが、さて2000年代をどう捉えているのかと興味を持って観ていたら、ありゃりゃ? さすがの宮沢章夫さんも、なんと分析がなかった!

その代わりに、全10回の総括として、ポップカルチャーと、カウンターカルチャーと、サブカルチャーの再定義をして締めくくったのです。まあこれはこれでよかったけれど、う〜ん、ちょっとズルくないですか?先生。ということで2000年代の分析は、代わりに31歳の風間俊介さんが行ってくれたのでした。

風間俊介さんは、2000年代以降のサブカルチャーに関して「対象とするものに、みな実体がない」ということを指摘していました。それは、私などの年代からすると、いわゆる「ヴァーチャル(virtual)」なものとして一括りにしてしまいたい誘惑に駆られるのですが、背景にはもっと深い問題が横たわっているように思ったのです。

それで私もピーン!ときて、たちまち次のキーワードが浮かびました。「あらかじめ与えられた世代」と、「大きなお世話社会」の2つです。生まれた時から、あらゆるものがあらかじめ与えられるという大きなお世話社会が、若者を実体がないものへと必然的に向かわせていると思うのです。ある種の浮遊感というか、手応えのなさというか‥‥。

ポイントは、1980年代に「広告文化」を挟んでいることです。90年代以降は、サブ(傍流)であろうと、カウンター(対抗)であろうと、人が集まる場所にはみんなコマーシャリズムが食いついてしまって、たちまちポップカルチャー(大衆文化)化してしまうようになりました。

2000年代に入って、日本のOTAKU文化を「Cool Japan」だと言って、政府までもが関心を寄せるに至っては、もうそれはサブカルチャーではないと思うのです。コミケ(Comic Market)を外国に輸出しようとしている人たちも「まだまだ広がりが薄い」と言ったりしているわけですから、ポップカルチャー化を狙って行動していることは明白です。

マスコミ崩壊の入れ替わりとして登場してきたインターネットメディアが、サブカルを育てるどころか、Livedoorやfacebookやtwitterやニコニコ動画やLINEを見れば分かるとおり、いかに短期間で多くのユーザーを獲得したかを誇っているし、それが競争になっています。

そして皮肉なことに、「STUDIO VOICE」や「ぴあ」を始め、多くのサブカル誌を、逆に次々と廃刊に追い込んでしまったわけです。

平成の経営者と昭和の経営者との大きな違いは、会社そのものの実体性です。昭和時代は会社の業績が先ずあって、それが株価に影響していました。ところが平成時代になると、投資家が会社を単なる博打の駒とみなし、業績に関係なく「期待値」だけで投資するようになったのです。

その結果、「ユーザー数の急激な拡大」ということが、投資家にとっては最重要の指標となりました。平成の経営者は、そのことを知って、最初からこうした実体なき拡大戦略というものを事業戦略に組み込むようになったのです。その最初の派手な担い手がホリエモンこと堀江貴文さんでした。

さて、これを書きながら、自分がなぜmixiやfacebookやtwitterやニコニコ動画が苦手なのかが分かりました。他人が作ったフォーマットに合わせるというのが昔からできないのです。

アンケート用紙への記入を求められると非常に苦痛ですし、宅急便の用紙や金銭出納帳などは見るのもイヤ。ひどいのは市役所の窓口。申請書というものがまともに書けない。いつも3枚は書き損じてゴミ箱に捨てるというトホホなありさまです。(こういうのをナントカ障害って言うのかな?)

でも多くの人々にとっては、フォーマットがあった方がいいんですよね。利用し易いんですよね。私にはその感覚が分からないのですが、それが「あらかじめ与えられる」という「大きなお世話社会」を生む元凶になっていると思うのです。(ま、「元凶」と考えるのは私だけかも知れませんけど‥‥)

しかし、「あらかじめ与えられる」ことで、確実に失ったものがあります。それは物事の成り立ちや本質を見抜く目と、自分で工夫してみるということです。この2つが日常生活の上でほとんど訓練されないことになってしまいました。

たとえば、自筆の手紙を書いて誰かに出すとしましょう。封筒や便せんを選んだり、ペンを選んだり、ペンの色を決めたり、文字の大きさや形を考えたり、イラストを添えたり、中に封入するちょっとしたプレゼントを考えたり、切手を選んだり、と表現に関わる要素は多彩でした。そのトータルなものが表現だったし、送られた側は、それをミステリーのように紐解くのが楽しみだったわけです。

ところがどうでしょう? いまネット上で流通している表現手段のほとんどは、フォーマットがあらかじめ決められたものなのです。そしてそのフォーマットは、メディアの運営者がポップカルチャー化を狙って、あらかじめ仕組んでいるものなのです。

ユーザーは、自分では表現しているつもりになっていますが、その実は、フォーマットに嵌められていることに、全くと言っていいほど気づいていません。みんながケージ(籠)に入れられた鶏なのです。ケージから時々首を出して餌をついばんでいるだけなのです。

これは新たな大衆支配とは言えないでしょうか。自分が自己表現してると思っていた行為に、実は全部、運営者のフィルターが掛かっている。先ほど例にあげた手書きの手紙とは皮膚感覚がまるで違う。私はそこに、今の時代感覚に漂う浮遊感や手応えのなさというものの根本的な理由があると思うのです。(つづく)
胸キュン
NHKの『SONGS』で、2008年収録の竹内まりやさんの再放送があり、聴いていてすっかり魅了されました。自分の中の女ゴコロが刺激されて、胸キュンとなるのです。と言ったら変でしょうかネ でも性別に関係なく誰もが持っているでしょう? 男ゴコロに、女ゴココロ。

私の場合は、男ゴコロはエリック・クラップトン、女ゴコロは竹内まりやさんが代表してくれている感じがするのね。いい歌手、いい歌はたくさんあるけれど、胸の奥まで入ってきて同調してしまう歌手というのはそんなにいない。でも竹内まりやさんはすーっと入ってくる。

中でも私のお気に入りは、60年代の外国ポップスをカヴァーしたアルバム『Longtime Favorites』。「悲しき片想い」「なみだの16才」「ボーイ・ハント」「そよ風にのって」をはじめ懐かしい楽曲がずらり並びます。

この中に、かの大瀧詠一さんとデュエットした「恋のひとこと(SOMETHING STUPID)」という曲があって、すっかり気に入ってしまいました。元々の曲は、フランク・シナトラ、ナンシー・シナトラ親子が1967年に発表し、大ヒットした曲です。

さてこの「恋のひとこと(SOMETHING STUPID)」ですが、ある日ニコール・キッドマンが出ている映画をDVDで借りて観ていたら、特典映像の中に、彼女がロビー・ウィリアムスとこの曲をデュエットしている映像があって、びっくりしました。

本編の映画はつまらなかったのですが、この特典映像を何度も何度も繰り返し見ました。そして驚いたことに、ニコール・キッドマンさん、歌もとてもうまいのです。ネットを検索していたら、いま書いた3つのバージョンを全部載せたページを発見しました。

よかったら見てね。

受け入れの準備ができた者の前に師は現れる
「受け入れの準備ができた者の前に師は現れる」
これは、昔から神秘学で説かれている言葉ですが、最近つくづくその通りだなぁと感じるようになりました。と同時に、その言葉が持つ深さ、ありがたさに頭が下がる思いがするのです。

この場合の「師」とは、形ある人間だけを指しているのではありません。この世のすべてのもの、そして物ではないものまで含んでいます。それが、受け入れの準備ができた者の前にだけ現れるというのです。

解りやすい例をあげましょう。たとえば本です。たとえば芸術です。私は本を読むときには、赤ペンで線を引いたり、記号を付けたり、疑問に対しては書き込みをしたりする習慣があるのですが、何年か経って読み直したときに(なんだ、当時はこんなことに感心していたのか)と、驚くことがしばしばです。

そして、(バカだなぁ)と思うのですが、肝心な箇所は見逃しているのです。つまりそれだけの理解力がない。自分の中にまだ育っていなかったということです。よくできたもので、その人の程度に応じて、本の中の言葉がちゃんと選んで立ち現れてくれるのです。これが 「受け入れの準備ができた者の前に師は現れる」ということの意味です。

芸術はもっと解りやすい例です。そこには言葉がありませんから、見る人のレベルに応じたものを見せてくれるのです。どんなに優れた表現も、どんなに深いメッセージも、受け入れの準備ができていない者には見えない。だから、見えない人々は、権威や名声やお値段などで価値を推し量ろうとするのです。

まったくもって愚かな行為です。するべきことは、自分の受け入れ体制のレベルを、少しでも向上させることです。しかしそれが解らない人々は、自分の今の価値観で「あれが好き、これは嫌い」と物事を判断しているのです。なんともったいないことでしょう。落ちているダイヤモンドが見つけられないなんて! その輝く光が見えないなんて!

神秘学の方では、もう一段、深い意味があります。自分のエゴが消えていくに応じて、師(Master)の声が聞こえるようになってゆく。逆に言えば、声が聞こえることで自分の成長が分かる。「受け入れの秘儀」を授けられようが授けられまいが、そんなものは関係ありません。見えない者には見えないし、聞こえない者には聞こえない。「秘儀」は師から伝授されるものではないのです。

そこにある。厳然とある。誰にでも公平に、すでに開かれている。だから、自分の受け入れ準備を整えるだけで、マスターの方から立ち現れて来てくれるのです。(ああ、君の理解力は遂にここまで来たね。よく辛抱して努力したね。では次のことを教えてあげるよ)というふうに。

見える準備が整った人は、どのようなものにも師を見ることができるようになるのです。
「キャンティ」のスパゲティ・バジリコ
東京に住んで40年にもなるというのに、山手線の内側に行ったことがあまりありません。一年を通じてもほんの数回です。青山、原宿、赤坂、六本木、霞が関といった繁華街に出掛けると、なぜか居心地の悪さを感じるのです。自分など「お呼びでない」といった感じです。

その理由を、自分が田舎者だからだとずっと思っていたのですが(もちろんそれもあるのですが)、NHKの「シリーズ東京 街はこうして輝いた」の第2回目と3回目を見て、本当の理由が分かりました。そこは、貴族、大名、豪商が住む土地だったからです。

「シリーズ東京 街はこうして輝いた」の第2回目は、ファッションブランドVANの創業者、石津謙介さんの足跡を追ったものでした。そして第3回目は、六本木の伝説のレストラン<キャンティ(CHIANTI)>のオーナーだった川添梶子さんの物語でした。

ハイティーンの時代に新潟の田舎にいて、VANもキャンティも情報としては知っていたのですが、興味はあったものの、私はのめり込むタイプではなかったのです。そうした文化が時代の先端を走っているということは解っていましたし『MEN'S CLUB』も購読していたのですが、「何かしっくりこないな」とずっと感じていたのです。

結局、川添梶子さんは貴族だし、石津謙介さんは大名屋敷に通う豪商だったのです。自分にはまったく縁遠い人々でした。ですから文化としては興味があっても、憧れではない。青山、原宿、赤坂、六本木も、自分とってはちっともオシャレには感じないのです。それよりは場末の小汚い居酒屋を探す方が、よほど自分の趣味に合っているし落ち着けるのです。

今度の番組を見て、六本木「キャンティ」の名物料理スパゲティ・バジリコが、まがい物だったと知って驚きました。まがい物という言い方は適切ではないかも知れませんが、なんとバジリコが入っていなかった! オリーブオイルの代わりにサラダ油とバターを合わせ、それにパセリと青ジソのみじん切りを合わせたものだというのです。

無理もない。当時はバジルやオリーブオイルなんて手に入りませんもの。でもそれが「キャンティ」の名物料理となって、今もそのレシピで出しているそうですよ。こういう例は結構あり、浅草の洋食屋のレシピなどはみんなそれです。

小麦粉でとろみをつけたハヤシライスや、ケチャップ味のスパゲティナポリタン、日本海軍が毎週金曜日に食べていた海軍カレーが市中に広まったものなんかを、みんなそれが「本物」の洋食だと思って食べていたのです。あと有名なものでは、麻婆豆腐も陳建一さんのお父さんが日本人向けにアレンジして作ったものなのです。

「キャンティ」のスパゲティ・バジリコを食べてみたくなりました。近々行ってみようかな。誰か一緒に行ってくれる人いない? それとも自分で作って食べますか。
消費社会のドレイになるな
昨夜、渋谷で友人とお酒を飲んで、夜の11時過ぎに家路に着きました。帰り道で京王線の電車に乗ったのですが、通路の床にも大きな広告があって、それが目に飛び込み、だんだん気持ちが悪くなってきました。飲み過ぎだって? いや、そうじゃないんです。

最近は電車に乗るのがとても苦痛です。あらゆるところに広告があり、ドアの上には動画を流し続けるモニターまであります。椅子に座っても、両側をテレビゲームやスマートフォンが取り囲み、避難する場所がどこにもありません。みなさんは平気ですか?

私は一般の人には分からない微細なヴァイブレーションを読み取ってしまうので、粗雑なヴァイブレーションは肌を突き刺すように痛くて、吐き気がして来るのです。困ったものです。

街に出ても、テレビを見ても、雑誌を見ても、インターネットにアクセスしても、道路を走っていても、周囲は広告だらけです。こんなに広告に囲まれなくてはならないのでしょうか? まるでコマーシャリズムの海の中に放り込まれたようです。

それらの広告は「こっちを見ろ」「いいことがあるぞ」「今どきこんなことも知らないのか」「君は遅れているぞ」「早くしろ」「買え、買え」と、大声を出して張り合っています。もううるさくて仕方がありません。

遅れているのは、人々ではありません。そういうコマーシャリズムの方なのです。物をたくさん手に入れれば豊かで幸福な生活が歩めるという幻想は、高度成長期が終わった時点でとっくに終了しているのです。

だから、どんなに景気浮揚策をとろうが景気は浮揚しないし、逆に貧富の格差が増して、社会の矛盾や、競争社会のギスギスした人間関係に疲れて、心を病む人が増えているのです。

コマーシャリズムの信奉者たちには、こうした因果関係がまったく解っていません。彼ら自身が、消費社会の価値観に深く洗脳されたままなのです。物を多く売れば会社が儲かる。→儲かれば給料が増える。→給料が増えればもっと物が買えるし遊べる。そう信じ込んでいるのです。

しかし実際には、給料は上がらないし、家の中はガラクタでいっぱいで、長時間労働で疲れ果て、家族と夕食を共にすることもできないのです。そのことに疑問を感じても、行動に移せばリストラの危険が待っているので、黙々と日々の業務をこなすしかないのです。

コマーシャリズムの送り手も受け手も、ともに消費社会のドレイにされていることに気がついていません。それどころか、自ら喜んでドレイになっているのです。子供のころからの消費者教育の賜物です。そのようにさせて、本当に喜んでいるのは、ほんの一握りの支配者なのですが、それを人々は知りません。

消費社会に不服従すれば、もっと心豊かに暮らすことができます。物はそんなに必要ありません。物を買わなければ、家庭生活に掛かる維持費が減ります。会社の売上も減って給料は下がるでしょうが、経費も減るし、定時で家に帰れるようになります。その分、時間を自分のことに使えるようになります。

これが豊かさというものです。自分の内面を見つめるときだけが、本当の豊かさというもに触れる機会なのです。時を30年前ほど前に遡れば、ゆっくりと思索の時を楽しんでいる人は大勢いました。でもどうでしょう? 今はみな、インターネットのアクセスにあくせくしていて(シャレです)忙しいことこの上ない。まさに忘我です。

消費社会のドレイになることはやめましょう。本当の自分に出逢える機会を失うだけです。死ぬ間際になってから、「私って誰だろう?」と思っても、そりゃ遅すぎるというものです。
どうしようもないアメリカ人のマッチョイズム
息子に「何かお勧めの映画はない?」と訊いたら、手渡されたのが『ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)』のBDでした。パッケージの裏に<9.11から10年、ビンラディン殺害に至るまで本当は何が行われていたのか><米政府が隠し続けた衝撃の真実、ここに解禁>とあるので、暴露ものなのかと思ったら、まるで違っていました。

監督は『ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』で、米アカデミー賞の監督賞を受賞した、キャスリン・ビグロー女史。この人は、『タイタニック』や『アバター』を創ったジェームズ・キャメロン監督と結婚していたこともあるのですが、監督としての腕は、私はキャスリン・ビグロー監督の方が数段上だと思います。

しかも彼女は、そういう才女であるだけではありません。履歴を見たらGAPのモデルもしていたというのでビックリ! 背は高いし、スタイルも抜群で「何もかもこんなにカッコよくていいのか!、不公平すぎる」と思いました。

さて映画なのですが、<米政府が隠し続けた衝撃の真実>という惹句にある「真実」の意味は、消えたウサマ・ビンラディンいかにして発見し、殺害に至ったか、という知られざる経緯を掘り起こしたということだったので、ガッカリというか、拍子抜けしてしまいました。いうなれば、9割方アメリカ礼賛の映画だったのです。

そして、よくないことに、演出がメチャクチャに上手いのです。今やアクションを撮らせたら、キャスリン・ビグロー監督を超える人はいないんじゃないかな? ハリウッド映画にありがちな大袈裟な演出は微塵もなく、まるでドキュメンタリーを観ているような圧倒的なリアリティで観せていく力量は大したものです。

だからこそ始末に負えないと思いました。ビンラディンの殺害は、アメリカの特殊部隊のシールズ(Navy SEALs)が、ステルスヘリに乗ってパキスタン領内に密かに侵入し、民間人を殺戮したという行為です。相手がビンラディンだったからそれが許されるのか、仕掛けたのがアメリカがだったから許されるのか。

その場所がもしも日本で、仕掛けた国がアメリカ以外だとしたら、こんな無法が許されるわけがないとみな思うのではありませんか? ところが映画では、作戦を遂行し終えた隊員たちは快哉を叫び、執念を燃やしてビンラディンの行方を探索した主人公マヤは、ホッとして涙を流すのです。

この時の実際の作戦は、ホワイトハウスに生中継され、それをオバマ大統領以下の閣僚が固唾を飲んで見つめるという映像も公開されたのですが、「もうみんな狂っている」と私は思いました。国際法を無視した殺人の生中継を、一国の大統領と幹部が目を皿のようにして見ているのです。なにが世界の警察国家でしょうか? なにが民主主義でしょうか?

しかも、この作戦でのビンラディンの暗号名が「ジェロニモ(Geronimo)」なのです。ジェロニモといえばアメリカインディアンのアパッチ族の有名な戦士。ですから、この作戦の背後にあるメンタリティは、西部劇と何ら変わるところがないのです。

アメリカ映画を観ていると、この感覚が本当に心の奥まで浸透しているのだなぁということが解って、ときどき違和感を覚えることがあります。キャスリン・ビグロー監督も、この映画が、実際に作戦を遂行した人たちに敬意を表して制作したということを強調しているのですが、まさしくそれはアメリカです。This is America !

なぜ世界中で、これほどアメリカが嫌われているのかをまるで理解していないようです。世界中に武器を撒き散らし、内戦を起こさせ、調停だと行って乗り込んではその国を破壊し略奪の限りを尽くす。そしてそれを、マッチョイズムでみな正当化してしまう。

このような狂人が操る国家と同盟を結んでることが情けないです。集団的自衛権の解釈の変更で、日本も狂人に加担しならなければならなくなったのは、さらに情けない。
情報遮断の実験

私は実験がとても好きで、今までいろいろなことを自分の身体を使って直に実験し、確かめるということを行って来ました。心に関する問題や対処法は、みなそのようにして導き出したもので、教科書から得た知識ではないのです。


メディアと情報に関しては、30代から40代にかけては非常に大きな関心を持って見つめて来たのですが、50代に入ってメディアのカラクリに気づいた後は、情報に対する興味をすっかり無くしてしまいました。


新聞、雑誌をやめてから7年経ちますし、民法テレビを見なくなって5年が経過しました。国内に関するテレビニュースを見なくなって2年、そして今年の春からは、ついにワールドニュースも見なくなったのです。


ですから、世の中の動きについてはほとんど何も知りません。スマホも持っていませんし、テレビも未だに34サイズのブラウン管式です。「えっ、デジタルに移行して映らないんじゃないの?」ですって。ほらほら、そうやってみんな騙されて来たわけです。


アナログからデジタルへの移行で使えなくなったのはチューナーだけだったんです。ですからモニターとしてのテレビはそのまま使えた。それをあたかも「お宅のテレビが映らなくなりますよ」と官民一体で脅して、人々を騙して買い換えさせたんです。


何のために? 業界にお金を落とさせるために。省庁と関連業界は、つねにこんなことばっかり考えているので、彼らはやりたい放題です。そうやってお役人は天下り先を確保し、企業は国とのパイプを太くしてお金が転がり込むようにする。持ちつ持たれつの関係。


騙されてお金をむしり取られるのはいつも国民。メディアは完全にコントロールされていて、政官業放にとって都合のいいことしか言わない。アベノミクスで株価上昇とかトヨタが過去最高利益ということは報道するけれど、ガソリン価格がどれだけ上がったかとか、火力発電でどれだけコストが上昇したかといった話は流さない。


情報を遮断して生きると、情報というものがいかにどうでもいいことだらけなのかが見えてきます。「それで困らないか」って? 全然困らない。一般の生活者は、情報のドレイになっている状態。それが当たり前だと思っているから、ドレイにされていることに気づかないんです。


でも、情報というものを自分のコントロール下に置いて、自分が編集者になれば、立場が逆転するんです。編集者としての自分が、テーマに相応しい情報を探しに行くスタイルに変わる。悲しいかな、そういう訓練を受けていないので、人々はやすやすと情報のドレイに仕立て上げられてしまう。


先日、友人とお茶を飲んでいたら、女性大臣の辞任騒ぎがどうしたとか話しているので、それで自分はわが国の大臣がいま誰かも知らないことに気がつきました。首相が安部さんだってことは知っている。けれども閣僚名簿や政局がどうなっているかなんて何にも知らない。それでその夜のNHK総合ニュースを久しぶりに見てみました。でも5分でバカバカしくなってスイッチを切りました。


どうして電波を使って単なる「ウチワもめ」のくだらない話や謝罪会見を放送しなくちゃならないの? そういうものを見たいという心理は解るけど、大臣が本来やるべき仕事、国民としてやらなくちゃいけないことは、そんなことじゃないでしょう?  そんな情報はあなたの人生になーんにも関係のないことです。


どうでもいい一週間もすれば忘れ去られるような話に、国民の多くが時間を費やすように仕向けられている。そして連続ドラマのように「次はどうなるのかな?」と期待を抱かせ、視聴率を稼ぐ一方で、本質を見抜く目をどんどん失わせているんです。今のマスメディアは。


どうでもいい情報をスッパリ断ち切るだけで、その時間をもっと自分のことに使えるじゃないですか。くだらない情報のドレイになり続けることはもうやめましょう。あなたも編集者になって、ご自分の人生に役立つ情報だけを追求してみてください。それだけで、ずっとこころ豊かになれますから。