by Rainbow School
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健康談議

先日、東京某所の集まりにいらっしゃったあるお婆ちゃんがこう言うのです。「私、生まれて初めて人間ドックというものを受診しました。そしたらね、○○の値が高いって言われて、すぐに専門の先生のところに行きなさいって言われました」。それを聞きながら、私は「ああ、またか」と思いました。最近の「健康談議」というものは、どうしてこんな話ばかりなんでしょうねぇ。

 

これじゃ「不健康談議」でしょう。検査、数値、通院、クスリの話ばっかし。ちょっと顔を合わせれば、みんなで不健康自慢大会。それがどんなにおかしなことか、誰も気づいていないのです。

 

このお婆ちゃんは以前も、「検査をしたら血圧が高いって言われて、いま降圧剤を飲んでいるんですけどね、それ以来、頭がフラフラするんですよ」と仰るので、「それは降圧剤を飲んでいるからですよ」と言ってあげたのですが、解ったのか解らないのか「あ、そう。いいことお聞きしました」と帰って行かれ、翌月お会いした時には、今度はこう言うのです。

 

「あれからね、しばらく薬をやめたんですけど、娘にそれを話したら『お母さん、そんな、やめちゃダメだよ』と言うもんですしね、お医者さんに言ったら「勝手にやめないでください」と言われてしまいまして、元に戻しました」ですと。そりゃ、そうだよ(>_<)。医者に話したら「勝手にやめるな」って言うさ。だから、こっそりやめるか、医者に掛かることそのものをやめなくちゃ。

 

毎年、春に市役所から送られて来る「定期健康診断のご案内」。私は、封も切らずそのまんまゴミ箱に放り込んでます。もう「その手にゃ乗らんぞ!」って感じです。免疫系が弱くてアトピーとリウマチの持病があるんですけど、日課の体操と呼吸法でやりくりしていますし、このまま小康状態で死ぬまで行ければ、もうそれでOK。それに何より「日々、自分は健康になっている!」と信じている。

 

東京と長野の山奥との往復生活を続けているのですが、お年寄りの生き方がまるで違う感じがします。山奥のお年寄りは暗い顔なんかしていないし、杖を頼りにヨタヨタ歩いている人もいない。70、80になっても、腰が曲がってもみんな農作業をやっている。この違いは何なのでしょうねぇ? 結局、都会のお年寄りはヒマなのだと思う。そこで、不健康談議と、身内のことと、ペットのことしか話題がないのだと思う。

 

ところが、こんな山奥にまで、魔の手が忍び寄って来たんです。健康の為の食事指導があるというので、わたしゃ言われた通り、指定日時に部落の公民館に出向きました。その前年には、太鼓を叩いてグーチョキパー体操をやらされたんですけどネ。どうも、こういうのはかなわんよねぇ。でもお付き合いだから仕方がないの。俺はヤダ!なんて言えん。64歳で年寄りのフリも、つらいもんだよォ。

 

さてしばらくすると、日本財団の顔マークの付いた車がやって来て、30代と思しき女性が降り立ちました。席に着くと、その指導員女性は開口一番、「定期健康診断の結果はお持ちですか」と言うのですね。もちろん自分は持っていないわけですが、他の人たちは全員それを広げるのです。すると、○○の値はこの範囲内に収まっていなくてはいけない、とかのお決まりの話がそこで始まるのです。

 

ああ、こうやってみんなを洗脳していくのか‥‥と、内心、それを聞きながら私は思いました。

 

食事指導の話に移ると、手のひらの部位に合わせて各食材の一日の必要量を測れと言われ、牛乳を飲めだの、肉を喰えだの、それまで山暮らしの人間がして来た生活習慣を変えさせようとする。そして「なぜ、肉を食べる必要があると思いますかぁ?」と言った指導員の、次の言葉を聞いた瞬間、私は椅子から転げ落ちそうになりました(畳部屋だったけど)(慣用句として)。彼女、なんて言ったと思います? 「人間は、動物だからで〜す」ですって。

 

おいおい、ちょっと待ってよ。じゃあ牛くんはどうなのよ? 草しか食べてないよ。草しか食べてないのに全身たんぱく質の塊だよ。パンダは竹ばっかりだし、コアラなんてユーカリばっかりの超偏食じゃないか。と、ツッコミを入れたかったのですが、その場では自分はよそ者ですし、せっかくの会合をぶち壊してはいけないと、つい忖度してしまい、黙っておりました。

 

でも、そもそもこの会合は根本的に間違っていると思いました。長野県の平均寿命は、直近データ(平成27年度)で、女性が87.67歳で全国1位、男性は81.75歳で2位なのです。そこに集まった人たちは70代、80代で元気に農作業をしている人たちです。その先輩方々に、「長生きの秘訣を訊く」というのなら分かるけど、30代の小娘が、逆にどうして健康指導、食事指導なんて出来るんでしょうか?

 

いやはや、狂っているなと、改めて思いました。もっともその女性も、マニュアル通りにただ話しているだけで、誰かがそういうことを考えてやらせているんでしょうけど。

 

昔、自分が習った「歯磨き指導」なんて、コロコロ変わって行った。最初は、横磨きはいけない、縦にブラッシングしろと盛んに言っていた。それが今は、ブラシを歯ぐきの境目につけて横に動かせと言っている。ブラシの形状も、最初は先端を折り曲げたものが隅々まで磨けると言い、次に湾曲をつけたブラシが登場してこれなら裏側まで磨けると言い、結局ストレートハンドルがいちばんだとなって元に戻った。

 

歯磨きペーストは、フッ素が歯を強くすると言って盛んにフッ素入りを勧められ、フッ素混入の水道水も現れ、そのあとでフッ素には毒性があるということになった。もう次から次へと「指導」なるものが変わって行ったのですが、それまでの指導は間違っておりました、と謝罪したドクターは一人もいない。私が知る限り「日本中の人を騙していました」と正直に告白したのは、ケーシー高峰さんだけだ。(ニセ医者だけど)

 

というわけで、健康と医療に関する洗脳は、今や日本国中、津々浦々まで広く覆い尽くしている。ですから、今ここで私が何か言ったところで、無力なのは承知しています。でも私には、医者に掛かってアトピーを決定的に悪化させてしまった経験もあるし、カミさんを集団検診から僅か10カ月で死なせてしまったという苦い経験もある。それもこれも、自分が無智だったから。私自身が、当時はまだ洗脳が解けなかったからなんです。

 

身体に顕れた病気は、身体に原因があるのではありません。それは結果であり、原因は心にあるのです。同様に心に顕れた病気は、心に原因があるのではありません。それは結果であり、原因は魂にあるのです。あなたの「魂」の今のあり方が、今のあなたの「心」を創り、今のあなたの「心」が、あなたの身体を創っている。原因は、すべて一段階前にあるのです。

 

このことが解らないと、健康も、病気も、治病ということも、いっさい何も解らない。そして残念ながら、現代ではほぼ100パーセントの人が、何も解らない状態に置かれてしまいました。

 

以前は、そうでもなかったのですが、この50年間で決定的に変わりました。そこには、「そうしたい」という闇の支配者側の戦略があったのですが、半世紀をかけてジワジワと、身体の病気の原因は身体にあり、心の病気の原因は心にあるんだと、何の抵抗もなく、万人が思い込まされるようになったのです。まさしく「洗脳」です。

 

そのエビデンス(証拠)として使われているのが検査データです。現代の医者は、患者の顔色など見ません。表情から、心の状態を読むと言ったことにも全く注意を払いません。ただ、検査データが表示されたモニターだけを見ています。そして、機械的人間論に従って、動きの悪いところには油を刺せばいい(薬)、壊れたところは交換すればいい(手術)とやって、これが医療だとしている。

 

患者の側は、お医者さんというのは病気を治す人だと思っていますが、現代の医者は病気を治す人ではありません。現代の医者は、検査データを基にして「病名」を付ける人です。つまり「病名」の名付け親です。医者が「病名」を付けた瞬間から、その病気を抱えて生きる人生が、その人の上に始まるのです。言い換えれば、現代の医者とは、「病気」を創造している人です。

 

どんな場合であっても、病気を治すのは、その人自身です。そして、その人自身が治すことを、上手に誘導してあげたり、手助けしてあげられる人が、よい療法家なのです。よい療法家は、決して「自分が治してやる」などとは言わないでしょう。そんなことは出来ないということを知っているからです。「自分はただ神の手足となって、パイプ役を全うするだけです」と、言うことでしょう。

 

しかし、どれほど優れた療法家との縁が生じたとしても、病気を治すのはあくまでその人自身なのですから、本人がそのことに気づかない限りは、病気は治りません。いったん治ったかに見えても、また再発したり、別のところに病気が顕れたりします。この「気づき」とは、身体の病気の場合には「心」の不調和が原因だと気づくことですし、心の病気の場合には「魂」のあり方に原因があると気づくことなのです。これは、じっくり内観してみれば分かります。

 

そもそも「病気」とは、その原因となっている何らかの行為の誤り、自分の心得違い、創り出している不調和、清算すべきカルマ、等に気づかせるためのギフトです。ですから、「ああ、これはギフトなんだ」と理解して、そのことに感謝して、因を修正していけば病気は治ります。よほど深いカルマが原因でない限りは治る。病気を克服したという人をよく観察すれば、以前とは心が変わっていることに気づくはずです。

 

私の場合はアトピーとリウマチという持病があるのですが、これは体質であって、体質というものは治りにくいです。生まれ変わりの際に、そのようなDNAの組み合わせを受精時に選択したわけです。ですから、自分がそのような初期設定を与えて、その後の身体を創造した。そこにも意味があるのであり、身体をちゃんとケアしなさいということを、私は教えられました。

 

さて、現代人の不幸は、いま言ったような視点には、もはやなかなか立てないということです。機械的人間論があまりも深く広く浸透していて、医者も患者も、今ではみんなそれを当たり前のように思っています。あなたの健康度を計るのは、電気やガスや水道メーターの定期検診と同じで、あなた自身がどう感じているかなどはお構いなし。

 

「病いは気から」という言葉は完全に無視され、日々、「健康のために」と称して、脅して不安にさせるような情報ばかりが吹き込まれる。そして、医療機械の高度化、分析技術の発達、AIの導入などによって、この傾向がますます加速しています。患者はその進歩に抗うことなどとても出来ずに、用意されたベルトコンベアの上に、ただちょこんと乗るだけになっています。

 

結局、「健康のために」と言いながら、みんなどれほどの回り道をしていることでしょう。本当に「健康」でありたいのなら、ただ一直線の近道を行けばいいのに‥‥。

 

それは、自分を信じるということ。

 

思いが、明日のあなたを創るんだよ。「自分は病気だ」と思えば病気になるし、「健康だ」と思えば健康になる。簡単なことさ。毎朝、起きがけに言ってごらん。「さあ、今日も元気いっぱい。今日一日を楽しむぞ!」って。床に着いたら言ってごらんよ。「今日も一日ありがとう。明日もどうぞよろしく寝」。それを習い性にしてごらんなさい。もうそれだけで、健康一直線なんだよ。