by Rainbow School
<< May 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 善、偽善、罪悪感、悪 | main | この世の生きにくさ -----「波動」敏感者の生きる道 >>
「衝動」はあなたを裏切るが、「直感」はあなたを裏切らない

ある時、セミナーの席上で「直感と衝動との違いは何でしょうか?」という質問を受けました。それを聞いて「ああ、そうか」と思いました。問われるまで、その違いというものを考えてみたことがなかったのです。考えたことがなかったのは、「衝動」を突き動かすということが、ここ何年も自分の中で無くなっていたからです。しかし言われてみれば、確かに両者は紛らわしいかも知れませんね。

 

しかし私も、前は決してそうではありませんでした。どちらかと言えば喜怒哀楽が激しい方で、すぐにカッとなっては後先見ずにちゃぶ台返しをしてしまう、というのが自分の最大の欠点でした。でも、そういうことも随分と治って来ました。今では、感情を動かすということがあまり有りません。人里離れて一人ぽつんと暮らしているということもありますが、もはや「枯れてしまった」という説もある。

 

「衝動」というものが、感情の発露であることについては論を待たないことでしょう。やっかいなのは、この「衝動」に突き動かされて行動した場合、その結果があまりよいものをもたらさないということです。衝動買いとか、衝動喰いとか、口より先に手が出るとか、果ては万引きとか、クスリとか。やった後になって「ああ、やめときゃよかった」と思う。一体これはどうしてなのでしょうか?

 

人間の「感情」は、外部刺激に対する一つのリアクションとして、心の中に生じる動きです。それ自体は、この物質世界を生きる上での、一種の「才能」とも言えるものです。「感情」があるからこそ、人はこの物質世界を豊かに捉えることが出来るのです。ですから、「感情」それ自体を否定してはなりません。問題は、人間がこの「感情」のコントロールに未だ習熟していないという点です。

 

「感情」には、ポジティブなものとネガティブなものがあります。しかしポジティブなものは、大抵〈そのまま楽しんで終わり〉となってしまうので、人が「感情」のコントロールについて考えるということが、通常の意識下では起きにくいのです。ところが、時にネガティブな「感情」も人には発生します。すると、普段コントロールなど考えたことがないので、途端にどうしていいか判らないという状態になってしまうのです。

 

ここで「感情」のコントロール法についてアドバイスをしますと、「出るままにして放って置け」ということです。それがポジティブなものであってもネガティブなものであっても、「感情」というものは、せいぜい一日、長くても三日しか持続しません。歓喜も、怒りも、悲しみも、それをずーっと抱き続けるということは不可能なのです。ですから、放っておけば消えて行ってしまいます。

 

ところが、しばしば、人はネガティブな「感情」がなかなか消えないと訴えます。しかしそれは、よく観察すると、最初の「感情」とは違うものなのです。「感情」は三日のうちに減衰して、すでに消滅してしまっているのですが、次に、その「感情」を引き起こした元の事件について、あれこれと解釈を考えるようになり、これがその人に「悩み」を起こさせるのです。

 

つまり、その人の心の内部では、初期の「感情」から、自己が生み出す「想念」へと既にステージが移行しているのです。しかし元の事件が一緒なものですから、その人は、それを拭い切れない「感情」の持続であり、「悩み」として捉えてしまうのです。これを私は、「感情の二次災害」と言っていますが、「二次災害」を創っているのは、元の事件ではなく、その人自身の「想念」なのだということです。これが、いわゆる「囚われ」ということなのです。

 

しかし、よく観察してみると、事に際して、その人はいつも同じ思考パターンを繰り返していることが分かるはずです。これが「心グセ」というものであり、大部分はその人のカルマに起因しています。ですから、ご自分の「心グセ」を把握することは、カルマ脱出への最初の糸口となります。しかし、これを野放しにしていたのでは、カルマ脱出は覚束ないということです。

 

さて、「衝動」なるものですが、初期の「感情」の動きの中でも、取り分け激しい反応が「衝動」です。外部からのインプット刺激よりも、自分のアウトプットのエネルギーが何倍も激しいという、感情の爆発的発露、それが「衝動」です。なぜこうしたことが起こるのかと言いますと、やはり、その人のカルマ(中でも非常に強い、深いカルマ)に関係しています。

 

過去世から持ち越している強いカルマ。これとよく似た状況の外部刺激が目の前に出現すると、ほんのちょっとのことでも、たちまちそれが思い出され「衝動」となってその人の心を動かすのです。これは、何もネガティブなことだけとは限りません。よく言う、運命の人との出会い、天職との出会い、場所との出会い、こうした際に起きる「衝動」も、過去世の縁が影響をしています。

 

ですから、「衝動」必ずしもいけないということではないのですが、ネガティブな「衝動」が起きた際には、やはり後で困る。そこで、どうすればいいのかと言いますと、これは前記の「感情」の対処法と基本的には同じになります。

●参考:イヤなことの忘れ方

 

しかし「衝動」は、通常の「感情」よりも数段強い心の動きですから、これを退治するのはかなり難しくなります。ですが、出方というものを見ればかえって解りやすい訳ですから、自分のカルマに気づきやすいとも言えます。要は、野放しにしないで、よく振り返るということです。

 

よく、「感情」に対しては「理性」ということが対比的に言われるのですが、「感情」を「理性」で抑えようとすることは、お勧めできません。なぜかと言いますと、「感情」も「理性」も、共にその人の「心」の動きだからです。つまり同じ土俵にある。ですから、自分の「感情」を自分の「理性」によって監視させようとすると、両者がケンカをして「心」が壊れてしまいかねません。

 

そもそも、これは無理なのです。「感情」と「理性」は、同時には働きません。「感情」が突出している時には「理性」は引っ込んでいますし、「理性」が前面に出ている時には「感情」は引っ込んでいるものです。ですから、一見、「理性」によって「感情」が抑えられているように見える時も、単に「理性」優位にあるというだけで、いったん「感情」に火が点けば、容易にそれが逆転してしまいます。

 

それが、人が「心」を治めることが難しい最大の理由なのです。これは盲点であり、みなさんは「理性」対「感情」というこれまでの不毛な枠組みを超えた、もっともっと大きな意識の構造に気がつく必要があるのです。人間の「意識」は、一つの領域で成り立っているのではありません。異なった意識レベルが、多層階を構成して成り立っています。

 

チャートを見てください。一人の人間の中に、潜在意識、顕在意識、超意識、超絶意識の、次元を異にした四つの意識が重なるようにしてあるのです。前回のブログで、人間は「多次元的存在」だということを述べましたね。多次元的に存在するということは、とりもなおさず、各次元に対応した「意識」があるということです。しかしそのことを殆どの人は知りませんし、意識したこともありません。

 

 

通常、あなた方が知っていて、かつそれを意識しているのは、このうちの「顕在意識」だけです。意識が表に顕れているので「顕在意識」と言います。でもこれだけではありません。たぶん名前くらいは聞いたことがお有りだと思いますが、その奥には「潜在意識」がある。これは、地上世界で生きるためのベースとなっている意識で、本人が特別に意識せずとも自動的に働いてくれています。

 

例えば、心臓の拍動や、胃腸の消化作用、呼吸、発汗作用、新しい細胞を育成することなど、身体を維持するための基本機能を動かしています。一体これを動かしているのは誰か、ということを考えてみてください。そうすれば生命の秘密が解けます。しかしこの自動的な働きにも、「顕在意識」が一部影響を与えてしまうのです。そのため、「心」が動揺すると「身体」にも影響が顕れるのです。

 

普通、人が認めるのはせいぜいこの二つだけです。しかし人間には、この二つを超えた意識があるのです。それが「超意識」です。これは「魂」の意識であり、あなたの「心」の本体と言ってよいものです。「脳」が「心」を生み出すのではありません。「脳」というのは単なるハードウェアです。「魂」こそがソフトウェアで、「心」は地上世界向けに変換された、そのアウトプットなのです。

 

あなた方は、自分の「心」にしょっちゅう翻弄されていますが、それがどこからやって来ているのかを、まるで解っていません。「心」は、自分の「脳」が作っているのだと思っています。そこで、「理性」でなんとかならないだろうかと思ったり、それが無理なら「脳」を薬物によってコントロールしようとまでします。しかしハッキリ申し上げて、それらは無意味どころか危険ですらあります。

 

あなた方の「心」は「魂」の意識の所産なのです。「魂」は、カルマを携えて輪廻転生して行きますから、今のあなたの「心」のあり様は、あなたのカルマを反映しています。ですから、これをチャンスと捉えてください。「心」を野放しにしてしまっていてはダメです。良いところはますます伸ばし、悪いところはどこにその原因があるのか、ご自分のカルマに正しく向き合う姿勢を持つことです。

 

「衝動」は、このカルマより発しており、しかも分かり易いカタチを見せてくれているのですから、早くそこに気づき、その真の原因を探ることが大切です。今世および過去世でした何らかの体験の中に、宇宙の法則に逆らった、自分の解釈違い、心得違いが含まれています。今世で向き合わされる報いは、それに気づかせるためのギフトです。ですから、感謝して受け取ってください。

 

このようにして、カルマを一つ、また一つと解消して行くと、「魂」はしだいに浄化されていき、それに伴って「心」もだんだんと落ち着いて澄んでいきます。このようになると、もう「衝動」のような激しい感情の爆発は起こりません。しかし、そこへ至るのは一朝一夕というわけには参りません。自分が必ずそうなるということを信じて、倦まず弛まず一日一日を生きることが大切です。

 

次に、「直感」についてご説明しましょう。「直感」というのは、文字どおり、直(じか)に感じるです。何を、どう、直に感じるかと言いますと、自己の「魂」の意識に、高次元からのメッセージがダイレクトに届けられたのを感じる。その瞬間が「直感」です。したがって「衝動」との第一の大きな違いは、それが内発的なものではないということです。上から届いたメッセージなのです。

 

このメッセージがどういう瞬間に届くかと言いますと、「心」を滅していった時に入る。ですから、「感情」とか「衝動」を動かしている間は決して入らない。これが第二の大きな違いです。「心」を静かにしてリラックスしている時か、ルーティンの作業に没頭して「心」を忘れている時などにサッと入る。例えば、編み物をしたり、草取りをしたり、お茶碗を洗ったりしている時などに。

 

なぜ、そういうことが起きるかと言いますと、「魂」の意識(=超意識)は、その上位の「超絶意識」と、下位の「顕在意識」との仲立ちをする役割を担っています。しかし普段は、カルマを伴った「心」が、この領域で勢力的に活動をしているために、スペースが占領されてしまって、通路となる空きスペースがないのです。しかし「心」を滅すると、そこに空きが出来るので、スッと「直感」が入るのです。

 

ですから、「直感」が訪れた際には、すかさずメモを取ってください。これは夢と同様で、「心」の意識が立ち上った途端、それまでの意識状態が崩れ、ほんの数分で「直感」は消え去っていってしまいます。このため、「あれっ、気のせいか」などと思って、多くの人が、重要なメッセージを見過ごしたり、聞き逃したりしているのです。残念です。

 

この「直感」の送り手は、高次元の存在(高い霊性密度の領域にいる存在)で、あなたのガイド(守護霊や補助霊)や、マスター(大師がた)、スターピープルなどの他に、高次元のあなた自身(いわゆるハイヤーセルフ)もいるのです。「ハイヤーセルフ(Higher Self)」とは何かと言いますと、長い長い輪廻転生の旅を終えて、すでに卒業の域に達している、別のあなたの「魂」です。

 

そう聞いても、俄かには理解しがたいことでしょう。物質世界であるところの「時空間連続体」に住む人間からすれば、輪廻転生は、過去世から未来世への時間的連続としてしか捉えられないでしょうから。しかし霊的世界には時空間というものが存在しないのです。したがって、一つの「魂」の全部の輪廻転生が、すべて同時瞬間的に起きているのです。そして、それらは全部が一つに繋がっています。

 

どの人間にも、その霊的な背後には、今よりももっと未完成の「魂」もいれば、すでに卒業の域に達した「魂」がいて、全部が同時瞬間的に存在しているのです。ですから、この世の「優劣」などは全く意味がないよと、何度も申し上げて来たのです。このことを知れば、人間たちは、もう少し優しくなれるのではないでしょうか? 他者に対しても、自分に対しても。

 

「ハイヤーセルフ」から来る「直感」は、高次元のあなたが、今のあなたに送った援助の手なのです。さて、高次元の存在から届けられるメッセージを、ぜんぶ一括りにして「直感」と言って来たのですが、厳密にいえば、「直感」とは「ハイヤーセルフ」からのもののみを言い、それ以外は「インスピレーション」と言った方が適切でしょう。これは単に定義づけの問題ですが。

 

さて、ここで注意していただきたいのは、高次元の存在から届けられるメッセージと、アストラル界(心霊界、幽界、中有界とも言う)から来ているメッセージを混同しないように、ということです。あなた方は、どうしても未来予知とか、恐怖の予言とか、オカルティックなことばかりに眼を向けがちですが、高次元の存在がそのようなメッセージを下ろすことは、絶対にありません。

 

なぜならば、宇宙のすべては「波動」であり、すでに高い「波動」にある存在が、低い「波動」を発することなどあり得ないからです。よって、未来予知、恐怖の予言、オカルト等の情報は、すべてあなたを惑わそうとするニセモノです。これを判断基準としてください。高次元の存在から届けられるメッセージは、常に冷徹で、慈愛に満ち、偏りがなく、深い叡智を携えているものです。

 

それに、よくよく考えてみて欲しい。神は一者であると、あれほど言ったではありませんか。その神が、全智・全能・全存在である神が、なにゆえ自分自身に恐怖の予言をする必要があるでしょうか? また、高次元の存在たちが、そこに気づかないとでもお思いですか? バカバカしい限りです。こんな矛盾を、未だに大勢の人々が信じ、夢中になっているなんて。

 

それともう一つ。あなたは「直感」を大切にして毎日を生きるべきですが(何しろそれは、高次元のあなたが、自分自身を援助するために送ったものなのですから)、その示唆を、この世的な「よいこと」に繋がるものと捉えてはなりません。あなたにとって、真の「よいこと」とは、霊的成長あるのみなのです。そこには、試練も含まれるということを忘れないように。

 

ですから、たとえどんなことに出会っても、何事に接しても、つねに感謝の念を持って生きなさい。辛いことに遭えば遭うほど、悲しい想いや、悔しい想いをすればするほど。その機会が与えられたことに感謝しなさい。それが、今のあなたを助けるだけでなく、今この瞬間を、まさに同時に生きている、別のあなたをも助けることになるのですから。