by Rainbow School
<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 人生相談および質問受付のご案内 | main | 自分を信じる >>
近未来の働き方 ---- AIインパクト後の世界

今から書くことは予測であって予言ではありません。私には予言する力はありませんし、決していたしません。今後数十年で、おそらく人類の「働き方」は激変することでしょう。それ以前に、「働く」ということの意味が一変してしまうかも知れません。また「働く」ことの意味が、良い方向へと変わらない限り、人類はこの変化を上手に乗り越えられないだろうと思います。

 

いま人類は、新たな革新的テクノロジーの導入によって、「仕事」環境を一変させようとしています。そのテクノロジーというのは、AIや、IoTや、Brockchainと呼ばれるもので、これらが雪崩を打つようにして「仕事」の現場に一気に入ることにより、人間の「働き方」そのものが、必然的に変わらざるを得なくなっていきます。ここでは、総じてこれを「AIインパクト」と呼ぶことにします。

 

AI(Artificial Intelligence:人工知能)

IoT(Internet of Things:モノのインターネット)

Brockchain(分散型ネットワーク)

 

例として、今よく挙げられるのが、「タクシー運転手の仕事が無くなる」というものです。これは、クルマの自動運転や、GPSと連動した効率的な配車システムといったものが、既に実用化の段階に入っているためです。けれども、それは単に解りやすい例というだけであって、タクシーで可能なら、長距離トラックでも可能だろう、電車でも飛行機でも可能だろう、ということにすぐにでもなっていくことは疑いようがありません。

 

そればかりではありません。介護も、働き手がいないというのならロボットにしてもらった方がいいんじゃないか。会社の受付も、カフェのウェイターもロボットでいいよね。学校の先生なんてAIの方がずっとマシだよ。病名診断はAIですればいいんだから、医者は要らないよね。ということに必ずなります。ロボット警官やロボット兵士がすでに造られ始めていますし、韓国では、人間は汚職ばかりするからという理由で、政治家ロボットまでが試作されています。

 

このテクノロジー革命は、結局は「人間は不必要」という極端化の方向に限りなく突っ走っていきます。これは、テクノロジーの革新というものが、つねに全体の理想像を思い描くことなしに、部分が先行して進展していくからです。なぜかと言うと、技術革新は新しい産業を生み出します。新産業の勃興は、投資家および企業にとっては莫大な富を生み出す種ですから、「これは行けそうだ」となると、投資が一気に集中し、激しい競争と切磋琢磨が短期間に行われるのです。

 

この、新しい富を生み出すのではないかという期待と、科学者・技術者の熱心さとが結びついた際のモチベーションというものはどうにも抗し難いもので、人間は、制御不能なモンスターを拵えてしまっては、後になって「はて、どうしよう」と、やっと対策を考え始めるという過ちをつねに繰り返しているのです。核にしろ、原発にしろ、化学兵器にしろ、金融商品にしろ、みんな同じです。

 

アインシュタインは、第二次世界大戦末期に、時のルーズベルト大統領に原爆開発を進言したのですが、後に後悔してこう語っています。

「戦争中、科学は人々に毒を盛りました。平和な時には、私たちの生活を忙しくしました。人間を機械の奴隷にしたのです。あなたが図形と方程式を解いている時、このことを決して忘れないでください。」

 

そして、まさに今、テクノロジーの進化はその最終局面へと向かおうとしています。「仕事」の場に、人間はもう不要だということ。SFで散々描かれて来た人間と機械との闘争。そして最終的には、人間が完全に機械の奴隷にされてしまう。そういう時代が、いよいよ到来したということです。

 

AIインパクト後の世界を、科学者や科学ジャーナリストはまるでバラ色のように語ります。ですが、そんな単純な話ではありません。人間がする「仕事」が無くなる。それは、人間とは何か、生きるとはどういうことか、その意味が新しく問い直されるということです。

 

「仕事」が無くなるというのは、なるほど差し迫った脅威には違いありません。ですが、本当の脅威はもっと深いところにあります。それは、AIインパクトによって、人間がますます身体感覚を喪失してしまうということ。言い換えれば、人間が、遂に人間ではなくなるということです。

 

人間が五感を有するのは、この物質世界というものを把握、認識するためです。それは必要があってそうなっているのであり、五感は物質世界を生きるために、天から与えられたツールなのです。ところが、AIインパクトは、人間からこの機能を大幅に代替してしまいます。それを人間は、便利とか、進歩とかと言っているのですが、裏からみれば、機械依存にますます陥っていくということです。

 

今ですら、現代人は、自分の周囲の環境を知覚する能力を大幅に低下させています。あなたはいま食べているものの食材が、どこでどのように作られどうしてテーブルまでやって来たのかを知っていますか? あなたは自分のウンチがどこへ行ってその後どうなるかを知っていますか? あなたはどれが鮮度のいい魚か見分けられますか? あなたは食べていいものといけないものを臭いで嗅ぎ分けられますか? 半世紀前なら誰もが知っていたことを、現代人は知りません。

 

現代のお医者さんは患者の顔色を見ません。舌の状態を見ません。まぶたの裏を見ません。検査機関から挙がって来たデータを見て、それで「診断」を下しています。巷の人々は、わずか10年で、あっと言う間に「世界須磨穂教」の信者になり、そこから得られる「情報」の虜にされるようになりました。今や、自分が認識する「世界(World)」とは、機械の向こう側に広がる世界なのです。それが、あなたのリアリティになっている。

 

しかし、このような環境に常時置かれていたのでは、早晩、人間は心を狂わせてしまいます。自分が「生きている(Live)」という実感が、五感の鈍化によって失われる一方で、「生存(Survive)」するためには、周囲の機械が不可欠となっていきます。そしてこれが、「生きることの不安」をさらに増幅させ、その不安から逃れるために、ますます機械にハマるという悪循環構造を作り出すのです。現に、今そうなっている。

 

人は、「自分が、誰かに、何かに役立っている」という手応えがなければ、決して満足することはありません。それは心を超えた魂レベルの問題であり、根元的な願望なのです。「全部が一つ」ということを、「仕事」を通じて思い出していこうとするのです。けれども、人々の一部は、特にエリート層の人たちは、そこを全く理解していません。「仕事」というものを、生産性とか、対価の問題としてしか、考えていないのです。

 

するとどうなるでしょうか? 資本家や経営者は、コストは出来るだけ下げて、生産性を出来る限り高めたいと思うでしょう。その手っ取り早い手段が、賃金の抑制です。資本家や経営者は、「会社が儲からなければ給料は払えないんだから」と説明しますが、失われた20年で判ったことは、たとえ大会社が儲かっても、全体の平均賃金はますます低下し、貧富の格差が拡大する一方だったということです。

 

投資家にとっては、会社の従業員は人間ではありません。会社に付随した生産機械の部品でしかないのです。投資家というのは、投資対象は何でもいいのであり、土地、不動産、株、債権、先物、絵画、宝石、なんでもござれで、儲かりそうなところを次々にサーフィンしていく。ですから、企業もその一つに過ぎず、売ったり買ったりできる商品だとしか、投資家は見ていません。

 

グローバル経済の浸透後は、このような投資家(8割は外国人)に日本の企業が商品として売買されることが当たり前となり、その度に、その会社で働く従業員たちが振り回されるという事態に追い込まれてしまったのです。こうした投資家が、日本企業を支配し、その企業がさらに政府を操って、法律を自分たちに優位になるように変えて行った結果、今のような絶望的な貧富の格差が生じる事態となったのです。

 

さて、いま進展しつつあるAIインパクトを、投資家や資本家の視点に立って考えてみてください。彼らは何のために導入を急ぐのでしょうか? 言わずもがなの、究極の賃金コスト抑制策になる得るからです。何しろ、人間を雇わなければ、給料を支払う義務が無くなります。この技術革新による低コスト競争に、いち早く勝たなければ、この先は生き残れないかも知れません。それで我も我もと急ぐ。

 

今までの考え方の延長線であったとしたら、当然そうなります。しかしその試みは、失敗に終わるでしょう。短期的には成功を収めたとしても、その状態を続けることは出来ないと思います。なぜなら、労働者というのは、同時に消費者でもあるからです。労働者がいなくなったら、消費する者もいなくなってしまいます。ですから、商品やサービスの売り先がなくなってしまいます。

 

その表れは、すでに今の経済状況の中に見ることが出来ます。日銀は、安倍政権になって通貨の供給量を3倍に増やしました。それなのに、目標としていた2%のインフレ率が達成できずに、6回もの達成目標の延期を行っています。通貨をいくらじゃぶじゃぶにしても、賃金抑制によってそのお金が庶民には届きません。全部、株価操作に使われてしまう。これでは、庶民はより安いものしか買えなくなるのは当然です。

 

ですから、AIインパクトによって、真っ当な賃金を貰える人の数がさらに激減したら、今の経済システムそのものが崩壊してしまいます。今の強欲な資本主義は、どのみち崩壊しますが(延命策によって、今はかろうじて回っているように見せているだけ)、庶民にとっては、「働く場が無くなる」という衝撃は、身近に迫った重大な危機であることは間違いありません。

 

そこで、「働く」という意味そのものを、根本から変える時期が来ているのです。

 

あなたは、「働かざる者、喰うべからず」と思っていますか? 思っているとしたら、どうしてでしょうか? 私は54歳の時に引退を宣言し、世間で言ういわゆる「仕事」はやめてしまいました。それまでいた業界で、自分が通用しなくなったためです。その後、パチンコ店の深夜清掃のアルバイトを5カ月、次にラブホテルの受付のアルバイトを3カ月やりました。でも、どちらも体調を崩してやめました。

 

その後で、『お風呂の王様』の面接に行ったのですが、採用されませんでした。その時に悟りました。「そうか、自分は労働力としては、もはや見なされないんだ」と。何といっても向こうは王様、こっちは単なる一般ピープルですから逆らえません。それでガックリ来て、それ以上、仕事を探すのを諦めたのです。仕事をしないとどうなるのかな?という興味もありました。

 

今は年金で暮らしているのですが、働いていないのかと言えば、働いています。このブログを書くのに丸々2日を費やし、疲れ果てて1日休むので合計3日は最低掛かる。その他に、家事をこなし、月に1回のセミナーの準備をしたり、ホームページを作ったり、草取りをしたり、家の修復をしたりと、結構忙しい。ただ稼ぎがないというだけであって、働くことは働いている。

 

つまり、「働く」という意味が、以前とはもう全く違うんですね。「働く」=「自己表現」になったのです。私にとっては、掃除も洗濯も料理も、みんな自己表現です。自己表現であることをつねに意識して、体を動かしています。もはや、「収入」と「働く(自己表現)」ということが、リンクしていないのです。そして、この意味の転換は、やがては人類に共通のものとなります。

 

「働く」ことの意味が一変する。そうでなければ、人類の解放はありません。

 

「労働」は、これまで、主として対価を得ることに力点が置かれていました。そこから「働かざる者、喰うべからず」という言葉も生まれたのです。しかし、そう思い込ませたことは、資本家や投資家の地位保全に大いに寄与しました。富者は自分では働きません。他のものに働かせるのです。土地、不動産、株、債権、会社、使用人、そしてお金そのものなどに。

 

矛盾した話ですが、一部のスター以外、自分で働く人は決して大金持ちにはなれません。自分以外のものを働かせる人だけが大金持ちになれるのです。「働かざる者、喰うべからず」という洗脳は、こうした「自分では働かない人たち」を支える構造に使われているのであり、多くの人々は、失業=無収入=飢死、の恐怖に怯えながら、しぶしぶ奴隷的労働に従事させられて来たのです。

 

これが、長い人類史だとも言えるのですが、このカラクリに未だに人々は気づいていません。しかしここで、よく考えていただきたいのです。人類には、なにゆえに貧富の格差があるのでしょう。なにゆえに貧富の格差が次の世代にも引き継がれてしまうのでしょう。なにゆえに支配する者と支配されるものがいるのでしょう。なにゆえに富をめぐって武力衝突が起こるのでしょう。

 

その答えは簡単です。分け与えようとしないからです。人間が、互いに奪い取ることばかりを考えて、それをひたすら実践しているからです。ですから、このカルマが何百年、何千年経とうが止まない。でも、分け与えることを第一に考え、人類がこれを実践していったとしたらどうなるでしょう。たちまちにして世界は変わります。餓死の不安は消えて、戦争も無くなって、全世界の人々が、仲良く平和に暮らせる社会が出現します。

 

世界の人口を養えるだけのものは充分にあります。不足も必要もありません。偏りがあるから、不足や必要があるように見えるだけです。世界の富の半分を、わずか1パーセントが所有している。この極端なまでの偏り。その反対側の、今日の食事さえままならない7億人の人々。もしも、使い道なく秘匿されているこれらの富が出回ったら、貧困などはあっという間に無くなることでしょう。

 

いま、世界中で「ベーシック・インカム(Basic Income)」の導入が検討されています。すでに実施している自治体もいくつか出始めています。これは、今までのような社会保障制度のあり方、〈生活困窮者に限って給付金を手渡す〉といった考えを止めてしまって、すべての人々に最初から一律に生活費を支給してしまおうという考え方から成り立っています。

 

これまでの常識であった「労働と賃金」(賃金は労働の対価)という考え方を根底からひっくり返すものであることから、初めて聞く人は、きっと戸惑うことだろうと思います。ですが、この制度のメリットは計り知れません。先ず、生活保護費の給付金対象者を「判定する」といった事務やコストが一切必要なくなります。それに全員に一律ですから、生活保護を受けるという後ろめたさもなくなります。

 

さらに、毎月の生活費がきちんと届くので、将来の生活不安というものがなくなり、貯蓄をする必要もありません。その結果、お金が市中に出回るようになるので、市場経済が活性化します。またすべての職業人が、基本として、生活のためにお金を稼ぐ必要がなくなるので、失業や追い詰めるような成果のプレッシャーからは解放されます。教育費もタダ、医療費もタダが実現できるでしょう。

 

まるで夢のような話に思えるでしょうが、AIインパクトを乗り切るには、この方向しかありません。人間の「仕事」がなくなる時代を、今までのような労使概念(資本家と労働者)の延長で捉えていたのでは、貧富格差のさらなる拡大を飛び越し社会そのものが崩壊してしまいます。しかし「ベーシック・インカム」が実現できれば、AIインパクトを、人類の解放に利用することもできるのです。どっちに行くかで180度違う。人類にとって、これはまさに運命の分かれ道です。

 

富裕層、既存支配層は、当然あれこれと理由をつけては、この一大転換を阻止しようとしてくるでしょう。「ベーシック・インカム」の発想は、〈みんなでシェアする〉という考え方を基点にしています。これは、富裕層がこれまで築き上げて来たスケールを根底から破壊するものになるからです。ところが面白いことに、シリコンバレーの若いIT起業家たちの多くは、この「ベーシック・インカム」に賛成の意向を示しているのです。

 

しかし、ここで再び考えていただきたいのです。空は誰のものでしょうか? 空気は誰のものでしょうか? 水は誰のものでしょうか? 土は誰のものでしょうか? 土地は誰のものでしょうか? 鉱物は誰のものでしょうか? 海は誰のものでしょうか? 海にいる魚たちは誰のものでしょうか? 夜空の星々は誰のものでしょうか? その光は誰のものでしょうか? 宇宙は誰のものでしょうか?

 

誰のものでもありません。みんなに等しく与えられたものです。それなのに、一部の人間たちが、「これは俺のものだ」と勝手に線引きをして、それを認めさせる制度を作り、他者には「分け与えない」ことを正当化、常識化してしまいました。その結果、支配者と被支配者が生まれ、奪い合いと闘争が生じ、貧富格差が拡大し、奴隷的労働が公認され、多くの人々が生活苦にさいなまれるようになったのです。

 

AIインパクトは、人類にとって諸刃の剣です。しかしこの進展をストップさせることは、もはや出来ません。テクノロジーの革新は、今後急速に進みます。ですから、これを、人類の目覚めの千載一隅のチャンスとして用いることが大切になって来ます。

 

人間が不要になるということは、「生産」に関わる人間の数が、今よりもずっと少なくて済むということです。視点を変えれば、今よりもるかに少ない労働コスト、エネルギーコストで、地球人全員に、生活に必要な物資が供給できるようになるのです。さてそこで、「仕事」に対する考え方の大転換が必要になって来ます。遊んで暮らす人を認める、生産しない人を認めるということが。

 

ここに至って、「働く」ことの意味、「仕事」の意味が根本的に変わります。「働く」ことと「稼ぐ」ことがもはやリンクしない。「働く」ことは、自己表現に全面的に変わるということです。今の世間常識からすると奇異な感じに映るかも知れませんが、このブログでは繰り返し言って来たことです。人間は自己表現せずにはいられません。それをすることがその人の「仕事」なのであり、自分を生き生きとした喜びで満たすものであり、生まれて来た目的なのです。

 

ですから、この「働く」ことの意味の転換は、人間の本来のあり方に収まるということになります。どうか今日から、「働く」ことを自己表現の視点で捉え直してみてください。そしてその中で、五感をフルに使うのです。どんな仕事も、クリエイティブでない仕事はありません。料理をする時でも、洗い物をする時でも、掃除をする時でも、人は常にクリエイティブであり続けられます。そして、そう行動できる人が、ハッピーでいられる人なのです。

 

これまで、芸術に生きようとする人は、大多数が苦難を強いられて来ました。生活苦があるので、パトロンに魂を売り渡したり、「先生」に奉りあげられることをよしとする人もいました。それは、非生産的なことは仕事に非ずと見なされて来たからです。ゴッホなどは生前一枚しか絵が売れず、ノイローゼになって耳を切りました。しかし「ベーシック・インカム」が実現されれば、生活苦もなく、将来不安もなく、全員が自分のやりたいことに打ち込めるようになります。

 

芝居をやりたい人は、アルバイトをせずに芝居ができます。音楽を聴かせたい人は、望まれるところどこへでも行って自由に演奏ができます。無農薬野菜を作りたい人は、遊休地を借りて気兼ねなくできます。コスト割れだった林業も復活させられます。サーフィンをし続けたい人は、海辺に引っ越して好きなだけやれます。そうやって、全員が思い切り自己表現をすればよいのです。

 

それで丸く収まるように、宇宙というものは出来ているのです。信じられないでしょう? 信じられないという人は、自然を見てください。自然の中の循環サイクルに眼を凝らしてください。放っておいたら大変なことになる。無秩序で大混乱になる。そう思って、この循環サイクルをいじくりまわし、却ってアンバランスを作り、そのしっぺ返しに遭っているのが今の人間たちなのですよ。

 

いいですか。この大宇宙にムダなものはなに一つないんですよ。あなたという個性は、あなたという個性を役立てるために生まれたのです。梅は桜になろうとはしない。ただ梅を生きるだけ。この言葉を今いちど思い出してください。そして、自分の個性を最大限生かしなさい。誰かのためにとか、役に立とうとか、小賢しいことは考えるな。自分がやりたいことをやれば、それでいいのだよ。

 

だから、己の「魂」の声を聞け。心ではない、そのもっと奥にある「魂」だ。そこにインプットされている。あなたが自分で刻印して来たメッセージが。

 

あなたが、このあなたが、あのあなたが、やりたいことをやれば、それで全部が丸く収まる。そのように宇宙は出来ている。それは同時に、自動的に、宇宙全体に役立つことになっているのだよ。