by Rainbow School
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正直者は馬鹿を見ない

恐怖政治がまかり通る社会が、着々と進展しています。しかしそういう体制をむしろ好み、賛同している人も多くいるのですから、もうどうにもなりません。人類というものは、結局、賢くなれないのかなぁと考えてしまいます。過去に、何度も何度も同じ悲惨さを経験して来ているというのに、また同じ方向に進んで行くのですから‥‥。

 

そうさせているのは、つまるところ、人間が持つ「欲」です。株価のアップダウンを見れば一目瞭然。バブルが弾け、「◯◯ショック」というものが起きて、みんな「困った、困った」という事態になっても、「こういうシステムが、そもそもおかしいんじゃないか?」「もうやめようよ」という人はいない。事態が沈静化すると、またぞろバブルを期待する方向へとシフトして行く。

 

戦争だって、原発だって、みんな同じです。「もう二度とゴメンだ」「こんな危ないものはコリゴリだ」と一度は口にしても、しばらくすると、またそっちへ声高に誘導する人が現れて、いつの間にか多くの人が後をゾロゾロと着いて行く。反省とか、学習経験というものが、残念ながら人類には殆ど見られないのです。

 

どうしてこんな、不毛が繰り返されるのでしょう?

 

それは、誘導する人と、後を着いて行く人の、心の奥底に眠る「欲」が一致するからです。ただ、一致するといっても質が少し違う。扇動する人は、「欲」を、「これは大衆を誘導するための、いちばん有効なツール」と意識した上で使っています。でも大衆の側は、その意図を知らないで、ただ乗っかって行く。乗せられて行く。

 

結局は、「欲」というものが、人類にとっての猛毒なのですが、あまりにもシンプルな結論ですし、「欲」を否定してしまったら、今の経済活動が全部成り立たなくなってしまうわけですから、その奥の部分には触れないで、もっぱら上っ面の現象面についてだけ、あーでもない、こーでもないと議論をしているのです。

 

想像してみてください。もしも、経済学者や政治家が、「今の貧富の格差の原因は、一体どこにあるとお考えですか?」と問われて、「それは、人間の欲にあります」と答えたとしたら。たぶん、「こいつはアホか」と思われてしまうでしょう。そこは、宗教家が語る領域ということになっていて、でも宗教家が語ったとしても、実社会に反映されることは決してないのです。

 

つまり、今の人間社会では、真実というものが牢屋に入れられ、隔離されてしまっているのです。

 

一人ひとりの心の中に、みな「欲」が眠っていること、それ自体は責められません。しかし問題は、そこに気づけるかどうかということです。今の社会システムの中では、その「欲」が、人類の悲劇の根本原因だと気づくまでには、三重もの扉をくぐり抜けなくてならないのです。

 

第一の扉は、自分たちが、社会が提示する「欲望のシステム」に操られていたと気づくことです。

第二の扉は、「欲」こそが、人間の幸福を遠ざけているものの正体だと気づくことです。

そして第三の扉が、自分の中に眠る「欲」を冷静に見つめ、これをほじくり出し、認め、滅する方向へと梶を切ることです。

 

このように、三段階を経る必要がある。

ところが、今の日本人は、第一の扉さえ開けるまでには至っていません。

 

狭い部屋で、大勢が集まって、扇動者が開いた講演会にみな聞き入っている。空気が、もうすっかり淀んでいるのに誰も気づかない。そのうち一人が「ねぇ、息苦しくない?」と言い出す。そこで扉を開ける。その瞬間、フレッシュ・エアーがサーッと入り込んで、「そうか、俺たちはこんな淀んだ空気の中にいたのか」と、みんなやっと気づく。

 

結局、中にいる間というものは、分からないのです。自分たちが、その「空気」に、すっかり汚染されていたということに。でも、一度扉が開いた後は速い。今の政治指導者、経済指導者、宗教指導者、有識者という人たちが、いかに幼稚な霊性しか持たずに、また持たないがゆえに、社会に君臨して来たかということが、誰の目にもハッキリと分かるようになります。

 

まさに、ジョン・レノンが言った「世界は、狂人たちに操られている」ということが、白日のもとに晒されるようになる。でもそのためには、地球全体を覆い尽くした、第一の扉が、先ず開かれる必要があるのです。そして、それが出来た時、はじめて宇宙から地球に、フレッシュ・エアーがサーッと入って来る。その日のために、我々は辛抱強く努力しなくてはなりません。

 

現実というものは、人間の意識が創り出しています。このことはもう何度も言って来ました。あなたの現実は、あなたの意識が、そして人類全体の現実は、人類の総意が創っている。

そういう中で、人類に覆い被さった第一の扉がなかなか開かない。

 

でも考えてみてください。恐怖政治が台頭して来たということは、恐怖政治をもってしなければ、第一の扉を守り続けることが、もはや難しくなって来たということを意味しているんですよ。

そこで、あなたの、今後の生き方が問われるのです。

 

「正直者は馬鹿を見る、という世の中であってはいけない」などと、よく言われます。そう言われるのは、「馬鹿を見る」ことがあまりにも多い現実があるからです。人間が「嘘つき」になってしまう理由は、我が身かわいさのいわゆる「保身」と、この「正直者は馬鹿を見る」が、セットになって心に刷り込まれているからです。

 

でもそれは本当なのでしょうか? 本当に「正直者は馬鹿を見る」のでしょうか? この『気づきの啓示板』では、「素直」で「正直」であることがなによりも大切だと、何度も強調されています。もし本当に、「正直者は馬鹿を見る」のであれば、「素直」で「正直」であり続けようとすることは、「馬鹿を見」続けることになってしまいます。が、果たしてそうなのでしょうか?

 

あれは26歳の時だったと思います。当時、私は東京の場末にある某映画館勤務の職に就いていました。支配人の下に私と50代の男性社員が一人、映写技師さんが一人、その他に売店を任されたアルバイトのおばちゃん二人という体制でした。今のようなシネコンの前の時代で、映画は完全な斜陽、経費を削減するために、私は映写技師の仕事も兼務していました。

 

ある時、映写技師の仕事をしていて、リール交換が終わった後で休憩に下へ降りて行くと、50代の男性社員が、チケットを発券せずに、割引値段にして客からお金を貰い、客をそのまま館内に入れているのを目撃しました。「あらあら」と私は思ったのですが、この人は、私がその職に就く前にも、同じことをして注意処分を受けていたとのことでした。

 

でも私は、それを支配人に言わないでいたのです。なぜかと言うと、前の時に、支配人の温情によって、その件が不問にされたという事情を知っていたからでした。ところがしばらくして、売店のおばちゃん二人が、やはり同じような現場を目撃したらしく、その件を本社に通報してしまったのです。ということで、えらい騒ぎになりました。

 

数日して、調査のために本社から役員がやって来て、私も聞き取り調査をされました。そこで私は「自分も、同じことを目撃したことがある」と正直に答えたのです。それから一週間ほどして、その件に関する裁定が下りました。どうなったと思います? なんとそのおばちゃん二人はクビ。私は辞職勧告を言い渡されたのです(クビには出来ないので)。もう最低の裁定ですよ。

 

唖然としましたが、それが組織というものなんでしょう。支配人にとっては、自分の面子を潰されたということが、相当のおかんむりだったようです。私はその職を失い、いろいろ考えた末に、東京での夢を諦め、田舎に帰ってカラオケスナックのボーイとなり、カミさんは旅館の仲居として働いて、まさに『昭和枯れすすき』を地でいくような生活をしばらく続けました。

 

その時は、「正直者は馬鹿を見る」とはこのことかと、失意のどん底にあったのです。その後も、誠実に生きようとはして来ましたが、繰り返し繰り返し「正直者は馬鹿を見る」を体験しました。極めつけは、最後の砦と思って足を踏み入れた精神世界です。しかしここも、一般社会と何ら変わりのない「欲」が渦巻く世界で、自分はそこでも正直さを誤解され、排撃されました。

 

ハッキリ言って、組織では「正直」であることは、通用しません。組織というものは、元々はある目的のために作られるのですが、いったん組織が出来上がると、いつの間にか目的が「組織の維持」にすり替わってしまい、その為なら「不正直」であることもいとわないようになるのです。必ずそうなる。なぜかというと、組織のヒエラルキーの中に「ポジション」という価値が出くるからです。

 

ですから、組織の中で「正直」であろうとすることは茨の道です。出世などは端から無理。サラリーは上がりません。ちょっと逆らえば左遷。悪くすれば濡れ衣を着せられ、逮捕・投獄されたり、場合によっては闇に葬られるということもあり得ます。でも、たとえそうだとしても、いや、だからこそ勇気を持たなくてはなりません。それが、これからの人類に示された課題です。

 

茨の道? そんなものが何だと言うのでしょうか?

あなたの本質は「魂」にある。このことを、忘れたのですか?

「魂」は永遠の存在で、カルマを背負って輪廻転生する。

このことを、忘れたのですか?

 

あなたの本質は「魂」なのですから、人生の岐路に面した時には、迷わず「魂」が成長する道を選ぶのは、当然ではありませんか。人類というのは、今までそれが出来なかったのです。目には目を、歯には歯をで、しょっちゅう報復を繰り返し、常に「魂」が喜ぶ道とは逆を選んで来たのです。もう、そのようなカルマの連鎖にストップする時がやって来ました。

 

恐怖政治を敷く者も、実は自分がいちばんの「恐怖」の塊だからなんですよ。自分の側近たちを常に疑い、歯向かう者は容赦なく片づける。そういう人物に、なおも近づいて来る者というのは、その権力が魅力なのであって、人物が魅力なんじゃない。だから、ひとたび形勢が悪いとなれば、さっさと船を降りて、一目散に逃げて行く。

 

一見、この世の春を謳歌しているように見えても、自分と同じ悪徳の波動を出す者を側近に集め、さらには多くの人の恨みを掻き集めているのですから、「魂」としてはたまったものではありません。事が大きくならないうちに、「正直」に帰っていればいいものを、嘘に嘘を重ねて生き、多くの人を陥れるカルマを作って、一体どうするのでしょう? 無智とは、本当に恐ろしいものです。

 

『虹の学校』を始めた当初、自分はまだ失意の中にありました。傷がまったく癒されていなかった。でも、こうなったら我が道を行くしかないと思ったのです。そして2年、3年が過ぎてからやっと気づいた。要は、自分の純粋さが足りなかったのです。中途半端だった。もっともっと、遥かにもっと純粋であらねばいけなかったのです。

 

「馬鹿を見る」という想いが生じたのは、まだ世間の物指しに当てて自分を見ていたということです。だから、「馬鹿を見た」という、嘆きや、怒りの想いが自分の中に沸いてきていた。物指しそのものを捨てるということが、出来ていなかった。要は、世間と同じ「欲」の物指しの中に、自分もいたということ。そこにやっと気づいた。

 

そこに気づいてから、パーッと霧が晴れて、入れ替わりに「宇宙の真理」がどんどん入って来るようになった。正確に言えば、メッセンジャーとして用いられるようになったのです。そうなって初めて、今までのことは、本当に恩寵だったんだなと、つくづく思いました。そのように、すべてが最初から計画されていたんだなと思いました。

 

「馬鹿を見る」ような思いをたくさんして来たからこそ、今そのような状態にある人にも「そうじゃないんだよ」と言ってあげられます。だとすれば、これは素晴らしい役割です。役に立つ仕事です。自分を活かせます。そして、みなさんに、「真の幸福とは何か」について気づいてもらえます。

 

私は60年掛かりました。でも今は時代が違う。みなさんが全身全霊で打ち込めば、4・5年で真理に出会えます。私が保証する。

 

世の中は、一見、ひどい混乱状態にあるように見えますが、これは何度も言っているように、人類のカルマが一斉に噴出しているからで、冷静に、そして客観的に受け止める必要があります。

 

みなさんは今、そこで、重要な選択をする岐路に立たされているのです。このまま世の中の物指しに翻弄され続けるか、それともそれを捨て、自分の道を「正直に」歩むかどうかです。そしてあなたが、後者を選んで捨てた時、あなたは、故郷であるこの地球を厚く覆ったベールを一枚剥がし、第一の扉が開くことに貢献することになるのです。

 

だから今、私は、自信を持ってあなたに言います。

正直者は決して馬鹿を見ない。

代わりに、正直者は、自分の内に神を見る、と。