by Rainbow School
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何が正しいか、判断に迷った時には自然を見ればいい

多くの人は、自分を信頼することができなくて、フォロワーの道を選んでしまいます。この人間心理を巧みに利用して他者を従えさせることの出来る人が、この世では「ヒーロー」と呼ばれているのです。自分一人では「ヒーロー」には決して成れません。自分を崇めたてまつる仕組みを下部構造に持ってこそ、それが成り立つのです。

 

普段、私たちは、そのことをあまり意識していません。けれども、組織や、広告や、マスコミや、選挙や、金融や、スマホや、「いいね!」ボタンや、複製ビジネスや、宗教や、教育や、権威や、ブランドや、家元制度などの、自分を取り巻くありとあらゆるものによって、そういう構造の中に、あたかもそれが当然の如く思わされ、放り込まれているのです。

 

なぜかと言えば、その仕組み自体が巨大な「集金」マシーンになっていて、構造の上部に居る人たちには大きなお金が転がり込むからです。では、上位に居る人たちが、その構造を本当に解ってやっているのかと言えば、解らないでやっているのです。彼らも大衆同様に、いや大衆以上に「洗脳」された人々であるのです。このようにして、人間は共同して、今日ある社会を造り上げたのです。

 

この「洗脳」状態があまりにも強固なものですから、「人類はみな兄弟」「分かち合えばいいのに」「そんなに働かなくてもいいんだよ」「平和がいちばんだ」「自然を愛せよ」「人生を楽しめ」と、いくら言ったところで、言うそばから否定され、ノーテンキだの、平和ボケだの、今ある脅威を解っていないだのと、ありとあらゆる悪罵を投げつけられるようになっています。

 

代わって、「人間同士はそもそも解り合えないんだ」「ウカウカしてたら、誰かに先を越されるぞ」「だから乗り遅れるな、競争に勝て」「そのためには必死に学んで、働かなくちゃダメだ」「敵は大きくなる前にやっつけろ」「土地や資源やパテントは早い者勝ちで奪い取れ」「そうすればヒーローになれるぞ!」と説く者が、有識者や指導者として時代の寵児となり、尊敬を集めるのです。

 

でもね、それこそが、現代人特有の「苦悩」の正体なんですよ。現代の民衆支配は、ステルス(stealth:隠密)になっているんです。もう以前のような、暴力弾圧や、植民地化や、奴隷化や、特定のものへの崇拝の強制や、言論統制のような、分かりやすい形は決して取らない。とても巧妙なんです。支配者も、学習して、進歩してるんですよ。

 

そして、暴力の代わりに「教育(という名の洗脳)」、植民地化の代わりに「貿易自由化」、奴隷化の代わりに「雇用の自由化(非正規社員化)」、特定のものへの崇拝の代わりに「オタク化(蛸壺化させてカウンターパートを作らせない)」、言論統制の代わりに「マスコミ活用」という構造を作り、民衆が、自ら進んで、喜んでそこに参加するようにしているんです。自分の首を括る縄を、自分で用意させるようにしているんです。ああ、憐れ人間たちよ。

 

あなた方は、もっとあなた自身を信頼すべきだ。自分の直感や身体が発する声に耳を傾けるべきだ。そうすれば、間違えることはない。絶対にない! どうして他人の後を着いていくのだろう? どうして他者が語った言葉を鵜呑みにしてしまうのだろう? どうして主人に忠誠を誓うのだろう? どうして聖書・聖典・仏典に書かれてあることを信じようとするのだろう?

 

「どうして、自分で考えて、自分で判断しようとしないんですか?」

ある時、そう尋ねたら、「自分が判断したら、間違えるかも知れないし‥‥」という答えが、その人から返って来ました。

 

「間違える」とは何でしょうか? 何を「間違える」のでしょうか? 「事の善悪」を間違えるということでしょうか? 「生き方」を間違えるということでしょうか? 「チャンス」を掴み損ねるということでしょうか? では、あなたに代わってその判断をしてくれる他者は、絶対に「間違えない」存在なのでしょうか? 同じ人間なのに、どうしてそうだ言い切れるのでしょう。

 

「生きる」ということは、「選択」の連続です。その「選択」権は、いつでもあなたにある。ゆえに、あなたの人生は、あなたがクリエイトするしかない。それなのに、「選択」権を誰かに預けて放棄してしまって、一体どうするのでしょうか? それは、ご自分の人生を放擲したに等しい。自分に対して全くの無責任です。それでは、今世に与えられた機会を何も学ばないことになってしまいます。

 

人間ですから、判断に迷う時はありますよ。でもその時こそが、自分を見つめる、自分の生き方を問う、そして明日の自分をクリエイトするチャンスなんじゃありませんか。迷った時は「困った時」じゃないんですよ。迷った時こそ「チャンス」なんです。あなたが、ご自身の「魂」を成長させるためのね。それは宇宙からのギフトなんです。

 

成功するか、失敗するかなんて、どうでもいいこと。成功・失敗は、その時の人間の価値基準に過ぎません。人間万事塞翁が馬で、大切なのは、その経験を通じて「魂」が成長するかどうかという、ただそれだけなんです。裕福な家庭に生まれたがゆえに、人生を狂わせてしまったという人はたくさんいる。成功で有頂天になった後に、転落してしまったという人だって大勢いる。もちろん逆パターンもある。要は、ギフトの機会に何を学ぶかということなんですね。

 

どう転んだところで、宇宙の理法には逆らえません。なぜなら、あなたは紛れもない宇宙の一員なのですから。逆に言えば、宇宙の理法(つまり真理)によって、常にしっかりと守られているということでもある。それはどんな「魂」も決して逃さない、万人に公平なセーフティーネットなんです。天網恢々疎にして漏らさず。だから安心して、ギフトの機会に臨めばよいのです。

 

あなたが「真理」に寄り添った生き方をすれば、あなたは喜びと幸福感に満たされるし、「真理」に逆らった生き方をすれば、何らかの出来事の発生によって、それを修正するように促されます。つまり、どっちの道を行ったところで、(早い遅いの違いはあるでしょうが)最終的には同じ「真理」の道へと辿り着くのです。

 

これで、自分で考え判断し、行動するということが、いかに重要であるかがお解りいただけるのではないでしょうか。あなたが下した判断が、たとえ「真理」に適っていなかったとしても、ご自分で考えていれば、後にあなたはどこがいけなかったかを振り返ることが出来ます。でも、その判断を誰かに預けてしまったら、あなたは自分の反省せずに、その人を恨むことになってしまうでしょう。

 

何が「真理」に適っていることなのか? これを判断するのは、実はとても簡単なこと。自然を見ればいいのです。自然に教えて貰えば、それこそ自然と解ります。

 

中国の都市部は今、急激な経済成長のツケとして、深刻な大気汚染に覆われています。先日、ドキュメンタリーを見ていましたら、こんなことを言う人がいました。「部屋の片付けと、飯を喰うのと、どっちを優先する? 誰もが飯だろう」と。これは本当でしょうか? 日本でも、「電力需要に応えるためには、原発は不可欠」と未だに主張する人がいます。これは「真理」に適っているのでしょうか?

 

自然界を見てください。呼吸困難になっても、まだ繁栄を目指すことを優先する動物はいますか? 生存のための環境が、もはや取り返しのつかないほどに汚染されても、なお生存のためにはそれが必要なんだと言い張る植物はいますか? 実に簡単なことです。ところが、この簡単なことすら、今の人間たちには解らない。それほど無智蒙昧になってしまったということです。

 

なぜ、「自然」に習えばよいのでしょう?

 

「自然」とはなんでしょうか? 「宇宙」とはなんでしょうか?

それは、この世に現れたもの。つまり、その奥にある「因」の世界の、物質界における「表現」なのです。何事も、先ずアイデア(idea)があって、物が創られる。「宇宙」という壮大な物を創るのにも、最初にアイデアがあった。それが「因」の世界です。

 

ですから、「因」の世界のことを、もし「創造主」と呼ぶとすれば、「宇宙」は、そして「自然」は、まごうことなき「創造主」の表現物なのです。あなたが見る自然、夜空、生命、それら一切が「創造主」の今その瞬間の言葉なのだということ。ですから、そこに全く嘘はない。すべてが「真理」を映したものになっているのです。

 

私たちはそこに、「結果」の世界としての「法則」を見ます。それは、「創造主」から私たちに宛てたメッセージだということ。ああ、幸せかな人間たちよ。

 

「宇宙」は、あなたに、これ以上ない判断基準を示してくれているのです。そしてあなたも、「宇宙」の一員である以上、まごうことなき「創造主」の表現物なのです。ですから、ご自分を信頼して、自分の中の「自然」に静かに耳を傾ければ、それはいつでも「真理」を反映したものになっているのです。

 

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*天網恢々疎にして漏らさず

辞典のほとんどは、これを「天はどんな小さな悪事も見逃さずに、自ら天罰を下す」と説明しているのですが、これは半分間違いです。天がどんなことも見逃さないのは確かですが、それを人間の善悪概念や天罰の便法に置き換えて解釈しようとするから「老子」が理解できないのです。「老子」が語っていることはもっと深く、間違いなく宇宙の真理を語っています。