by Rainbow School
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努力ということについて

Q.私は、人間が進歩していくためには「努力」が欠かせないと思っていました。ところが、先日読んだスピリチュアル関係の書籍には「努力は必要ない」と、まるで全面否定するような言葉が書かれてあり、エッと思いました。一体どういうことなんでしょうか? 霊的世界から見れば、「努力」なんかしても意味がないということなのでしょうか?

 

A.これは、「努力」という言葉が何を指しているかによって違って来ます。それが、あなたの「ありのまま」を変容させようとする行為であれば、その書籍で語っている通り、「努力」は必要ありません。むしろ、あなたの「自分探しの旅」を阻害してしまうという意味において、害となってしまう可能性もあります。(しかしこれとて心配はありません。時間はたっぷりありますから)

 

もう少し詳しく説明しましょう。あなたが地球に生まれて来たことの目的は、地球という場で、肉体を持ってしか為し得ない体験を積むことによって、あなたの本体である「魂」を進化させて行くことです。「魂」の進化は一足飛びには行きませんが、人は輪廻転生をしますし、他の生命とのつながりを理解することによって、少しづつですが、進化を果たして行きます。

 

この時の「進化」という意味は、あなたが生きてする様々な体験の奥に、普遍的な「宇宙の真理」「真理の法則」というものが隠れていることに気づくということです。この「気づき」によって、あなたは、自分自身が、確かに宇宙の法則の中に生かされているということを実感し、自分自身の本体が「魂」にあることを理解するのです。

 

本当はこれらのことを、あなたの本体である「魂」は既に知っているのですが、地上に生を受けて、地球環境に適応するにしたがって、生まれてきた目的のことも、前世のことも、霊界のこともみんな忘れてしまいます。そこで、「気づき」という形で、実際には、「魂」である自分を「思い出す」のです。

 

ところで、忘れていた何かを思い出す時、あなたは「努力」をするでしょうか? しないでしょう。「あ、そうだった!」と突然パッと思い出すのではありませんか? どこからか、おいしそうな香りが流れて来て、それを嗅いだ瞬間、以前に食べた料理の記憶がまざまざと甦ったなんて経験はありませんか?

 

このように、自分を知る瞬間は、努力なしに訪れるのです。また、あなたという「魂」は、元々が一つのものから分かれたピース(かけら)ですから、あなたのこの体験は直ちに全体に組み込まれて行き、宇宙そのもの(別の言葉で言えば「創造主」)を進化させることに役立つのです。このようにして、宇宙は、永遠に進化を続けているのです。

 

さて、この説明で、「気づき」というものがいかに重要なポイントであるかが理解されたことでしょう。では、どうすれば「気づき」を得ることが出来るのでしょうか? これは、静寂の中に身を置いた時に、瞬間的に訪れます。この時、あなたの意識は、宇宙の叡知とテレパシーでつながって、ここからの情報をパッと受け取るのです。これが「気づき」です。

 

そして、そのような状態になるためには、余計な「努力」を捨てて、「ありのまま」でいることが大切なのです。「ありのまま」ということは「魂」の欲求に素直に従うということですから、そのような生き方をしていれば、「魂」がいつも活性化していることになり、自分自身の今の課題を知ったり、その課題にとって有用な「気づき」も受け易くなるのです。

 

けれども、「ありのまま」を無視した「努力」を重ねようとしますと、今世の「魂」の課題からは遠ざかってしまいますし、「こうありたい」「こうあらねば」という歪んだ目的意識が、外側からあなたを縛ってしまうことになります。それによって、自分の内側を見つめる、内側の声を聞く、自分自身に帰る、といった進歩の機会を逃してしまいかねないのです。

 

先ずここまで、ご理解いただけましたでしょうか? でも、あなたが「ありのまま」の自分を発見したとして、あなたは次にそういう自分を「表現」しなくてはなりません。

 

ならないというよりも、「表現(創造)」欲求は「魂」の基本欲求であり、これによって、自己のアイデンティティと、他とのつながりの両方が確認できるのです。ですから、この自己表現(創造)が上手に為されない限り、あなたの心(mind)は、生き生きと活動することが出来ません。死んだも同然になってしまうのです。

 

このことは、とても重要ですので、しっかりと頭の中へ入れておいてくださいね。人間にとって、衣食住よりももっと重要なことは「創る」ということです。創って「表現する」ということです。あなたが本当に困った時には、この「真理」をどうか思い出してください。あなたを救ってくれるヒントが、きっと見つかるはずです。

 

人が「鬱」に陥っている時というのは、みなこの「創る、表現する」という欲求が(何らかの理由によって)果たされていない時なんですね。歌を忘れたカナリアです。ですから、ここに気づいて、「創る、表現する」という行動を取り戻して行けば、「鬱」は治ります。

 

さて、あなたが、複雑な自己をどのように表現して行くか? これは外部とのコミュニケーションの問題ですから、これには熟達が必要です。文字で伝えようと思ったら、それなりの文章力がなければうまく伝わりませんよね。楽器を奏でるのなら、やはり聴く者をうならせるようでないと。物を作るのなら、あっと言わせるような完成度が欲しいですよね。つまりここでは「努力」が必要なのです。

 

その「努力」は、すでに「ありのまま」を発見したあなたにとっては、辛く、苦しいものとはなりません。きっと、楽しくて、ワクワクするような、探究心に満ちたものとなります。傍から見れば、そうしている姿は、大変な努力家に見えるかもしれません。でもあなたは、それを「努力」だとは、もはや思わないことでしょう。

 

まとめますと、あなたが「ありのまま」の自分を発見するためには「努力」は不要です。でもその自分を表現するためには、内面が深ければ深いほど、意識の幅が多様であればあるほど、それを伝えるために「努力」が必要になって来るということです。でもそれは、辛く苦しいものではなくて、楽しいものになるということです。

 

そしてこの「努力」は、来世には、持って生まれた才能として、あなたをまた次の段階へと押し上げてくれる礎となるのです。