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結婚とはチームワーク

未婚や独身の人が増えています。私の周囲にも大勢いるし、私も独身です。(ついでに言っておきますと、ただいま変人募集中。ただし当方、財産、収入ともに殆ど無しです。あ、間違えた。変人ではなくて恋人です。女性の、)

 

未婚や独身者が増えているというのも、地球に現れた「変化の一つ」で、それにはやはり理由があります。しかし私は、そういう「変化」を問題だとは思っていません。「変化」は必ず起きるものです。けれどもこれを問題視する人がいるんですねぇ。政府も「少子化対策」と言っていて、まったく実効が上がらないのに、そういう大臣ポストをずーっと設けています。

 

問題視するワケは、年金システムが成り立たなくなるとか、高齢者福祉のための財源確保ができないとか、経済が縮小するとか、過疎地が増えるとか、活力が失われるといったことで、その反対側であり続けることを、「よいこと」と考える人たちにとっては、それが即「問題」だということになってしまうわけですね。

 

でも、宇宙の悠久を考えれば、そんなものは一瞬の「変化」に過ぎません。人類の歴史を見たって、滅亡した都市や文明や島はたくさんあるでしょう。ですから「変化」に抵抗したってムダなんです。それよりも、理由を見なくちゃいけない。「変化」というものは、みんな何かの「理由」の結果なんです。ですから「理由」を変えれば、自ずと「変化」の方向も変わって行きます。

 

政府の「少子化対策」に実効性がないのは、この「理由」を、すべて物理的なものに還元してしまおうとするからです。確かに、収入の減少は「結婚できないこと」の大きな要因になっています。しかし、「結婚できないこと」と「結婚しないこと」は別です。「結婚しないこと」の理由は、多分に心理的なもので、政府はその領域までは入り込めない。そこを全く解っていないと思います。

 

結婚しないこと、また子どもを生まないこと(両者は一体ではありませんが)の理由は、それで果たして「幸福」になれるのかという疑問が、適齢期にある人に浸透しているためなのです。一昔前なら、「結婚は女の幸せ」とか「子宝に恵まれる」といった言葉が、なんの疑問もなく語られていました。でも今は、果たしてそうなの?という疑問を、多くの人が持つようになったのです。

 

もう無条件に、「結婚は女の幸せ」とか「子は宝」とは言えない。つまりそれは、条件付きになってしまったのです。「条件付き賛成派」が多くなってしまったのです。自分の親や、周囲の友だちや、自身が育って来た家族体験などを考えると、「幸福」とはとても思えないような人がいっぱいいる。だから、もはや結婚や家庭を築くことに対して、無条件での「幸福」イメージなどは持てないのです。

 

これは、何事をするにしても、バーター取引や、損得をいちばんに考えるという風潮が蔓延してしまったということが一つ。その一方で、結婚して幸せを手に入れたい、ずっと一緒に居たいと思えるような人と結婚したい、というバーチャルな願望だけが肥大してしまい、(結婚後の)生活のリアリティが描けない中で、願望と失望とのギャップが大きくなっているのです。

 

そこに、現代の「婚活産業」というものが成立する条件が生まれて来ます。今の「婚活産業」は、お互いの希望条件のマッチングというものをコンピュータを使って行います。つまり、相手の値踏みを、コンピュータの助けを借りてやるわけです。こんな風にして、結婚することで「幸福」を「手に入れる」という発想が非常に強くなって来ていると思います。

 

だから、結婚しない人が増えているのです。リスク要因を考え始めたら、必ず一つや二つは上がりますから。でも60年、70年前には、写真だけを見て結婚したという人も大勢いました。それでも仲のいい夫婦がいっぱい誕生した。今は、情報がはるかに豊富になって、審査も厳しくなっているのに、離婚率は3組に1組にまで上昇している。これは一体どういうことなのか?

 

昔とは何が違うのかと言いますと、昔の結婚は「共に協力して家庭を築く」ということが、暗黙のうちに、目的としてあったのです。つまり結婚は、チームを作ることだったのです。ですから、結婚式はオマケのようなものに過ぎず簡素なものでした。ところが今は、タレントと見紛うばかりのド派手な演出の式を挙げて、それで生活をし始めると「こんな筈じゃなかった」と言ってあっさり離婚してしまう。

 

何か勘違いしていませんか?と言ってあげたいです。結婚とはチームワークなんです。一緒に「生活」を創っていく行為なのです。ですから欧米では、一緒に「生活」していける相手かどうかを見極めるために、結婚前にいわばインターンシップ期間を前提としている国も多い。早い話が、同棲ですな。私は、これは非常に合理的な考えだと思います。

 

加えて、「魂」的に言えば、結婚生活というものは一つの学習機会なんです。家族や家庭もそうです。そういうクラスに入ることで、そこでしか体験できないこと(主として「愛」というもの)を学習する。ですから、そういう学習が今世において必要だと直感した人は、そこに飛び込まないと、その学習機会を失って、また来世に持ち越しとなってしまいます。

 

それは「生活」ですから、世間的に言う良いことも悪いことも起こります。様々な困難や軋轢にも遭遇します。でもそういうものを全部ひっくるめて「魂」の学習機会になっているのだということを、知っておいて欲しいのです。そうしたら、生活はかつかつで苦しいが、赤ん坊の寝顔に無上の喜びを感じた、などという至福体験を味わうことだってあるかも知れない。

 

結局、そういうものが「魂」の成長ということであって、これは、政府も婚活産業もハンドリング出来ないものなのです。ですから、ご自分の内なる声に従って、結婚したいと思う人はすればいいし、そう思わない人はしなくたっていい。要は、今世の自分の学習課題は何かを思い出せということです。そして思い出したら、つべこべ言わずに、それを存分に味わえということです。