by Rainbow School
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見透かされる恐怖心

何かを極めた人、深い知恵や知識を持った人の前に立つと、自分がなにか見透かされるような気がして来る。そんな経験はないでしょうか? 若い頃の私は、そのような場面に遭遇するたびに、恐怖心でしょっちゅう怯えていました。なんとかこれを克服したいと思った私は、ある時から積極策に出ました。

 

セミナーや会議の席などで、そういう人が「何か質問はありませんか?」と声を掛けると、たいていはみんな押し黙っていますよね。そこで私は、一番最初に質問の手を挙げるというノルマを自分に課したんです。そうやって、一人がブレイクスルーすれば、後から手を挙げる人も出てきます。

 

日本人は、その場の「空気」というものを優先する傾向があるので、自己主張することに馴れていません。アホな質問をしてしまって、恥をかくのは嫌だという思いが先に立つのでしょう。特に男性は、「沽券にかかわる」などと言って、恥をかくことを極端に嫌う。

 

結局それは、社会が提示したスケール(物差し)から、脱け出てみる冒険をしないということなんですよね。そのスケールの価値観を信じてしまっているから、スケールの上層部に立ちたいと思い、自分はまだスケールの下層にいると思うから、それを思い起こさせるような恥はかきたくないんだよね。

 

でも、真っ先に手を挙げてアホ役になることくらい、別にどうってことはない。それよりも、ひとに「聞く」ということは、仲よくなるための最高のコミュニケーション手段なんだけどねぇ。胸襟を開いて聞けば、たいていの人が質問に応えてくれるものだよ。

 

つまらないスケールなんか捨てて、自分が「素」になってしまえば、見透かされる恐怖なんて逆に無くなるよ。なぜなら透明人間になってしまうから。見透かされるものが、もう何も残ってない! 相手の視線が背中を突き抜けちゃう。だから、素直でありのままでいれば、いつでも最強なのさ。

 

別に小利口ぶらなくたっていいじゃないか。アホで結構じゃないか。後ろ指さされたっていいじゃないか。いつでも素直でありのままでいれば、ずっと楽だし、すぐに人とも仲よく打ち解けられるし、いろんなことが学べるし、ハッピーな毎日が送れるものだよ。

 

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明日は、お休みをいただきます。