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体罰の是非(3)

「体罰」を容認してしまうことによって起きるもう一つの問題点は、「体罰」を与えることを面白がるという人が居て、そういう人に、歪んだ自己表現の場を与えてしまうことです。

 

桑田真澄さんがプロ野球関係者に行ったアンケートでは、83パーセントが「体罰」を容認するという結果が出ました。これには、自分自身の体験から、それによって成長したという思いが反映しているのでしょう。あるいは、言葉で言って分からない者には体で覚えさせるしかない、という考えもあるかも知れません。

 

しかし、「気づき」を促す手段は他にもあるし、何より本人が「自分で考える」ようにならなければいけない。そのためには「体罰」は不適当である、という私の考えを昨日述べました。また、「体罰」の容認の前には「罰」の容認があり、これがそもそもおかしいのだ、という持論も述べました。

 

もし「罰」というものを認めてしまいますと、それが合意のもとにルール化されたものでない限りは、「罰」を行使する側にその場の絶対的な支配権を与えてしまいます。ところが、その支配する側の心理や考えというものは、外側からは容易に窺い知ることはできません。それなのに、〈これは「罰」なんだからね〉というお墨付きを与えることになってしまいます。

 

中学校に入学して、私は剣道部に入部しました。へなちょこコンプレックスをなんとか払拭したかったのです。最初の1カ月が過ぎ、防具を着けて練習をする頃になると、連日面を叩かれて頭頂部が腫れ上がり、夜は湿布をしないと眠れなくなりました。でもこれにはまだ耐えられたのです。

 

ところが2カ月が過ぎた頃、上級生に言われて、一年生全員が蓋のない下水溝の上に正座をさせられました。太腿とふくらはぎの間に竹刀を挟み込んで、下水溝の両端に、膝とくるぶしを載せて正座するのです。そうやった上で、上級生が代わる代わる、竹刀の両端を思いっきり踏んづけて回るのです。

 

どうやらそれは「伝統行事」らしく、二年生の顔には、やられる側からやる側にやっと回れたという喜びが溢れていました。これには猛烈に腹が立ち、私はその後すぐにクラブをやめました。足の痛さよりも、「こんなバカな連中と付き合えるか」と思ったのです。

 

そういう不条理な場に、自分を同化させて行くというのが、反吐が出そうなほど嫌でした。しかし一方で、上級生たちはみんなその洗礼をくぐり脱けて来たわけで、「俺は脱落した」という、へなちょこコンプレックスがさらに強化されて、その後もずっと心の底に住み着くことになったのです。

 

小学生のころ、友達と川で立ちションをしていた時の話です。この一件は前にも書きましたが、突然一人が、私のおチンチンにヒョイとカブト虫を乗っけたのです。もうビックリです。カブト虫の足の爪がおチンチンに食い込んだ時の感触を今も思い出します。

 

私はズボンをビショビショにして、泣きながら家に帰ったのですが、理解できませんでした。「いったい何が面白くてそんなことをするんだろう?」と。でも、他人を弄んで、傷つけて、それを喜ぶ、それが楽しいと思う人間がいることは、もう仕方がないんですよね。

 

戦争中の日本陸軍などは、その連鎖的構造によって組織が維持されていたということが、『真空地帯』や『陸軍残虐物語』『兵隊やくざ』といった映画を観るとよく解る。ですから、他人を傷つけて喜ぶという心理が、集団になった時には、いとも簡単に自分の矩(のり)を超えて暴走してしまうんですね。

 

そこに、「罰」のお墨付きを与えたら一体どうなるでしょうか? 行き着く先は、集団リンチです。これは、連合赤軍事件をはじめ、数々の事例が示しています。これが人間というものの弱さ。

ですから、「体罰」など、決して認めてはならないのです。(了)