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「炎上」のそばには近づかないようにね

「炎上」というのは炎が燃え上がることですが、インターネット用語としてこれが使われ「サイト管理者の想定を大幅に超えて、非難や批判、誹謗、中傷などのコメントやトラックバックが殺到すること」に用いられています。別の言い方で、「祭り」ということもあるようです。どっちにしても、あんまりいいネーミングじゃないですねぇ。

 

専門用語というものは、どんなものにしろ、知っている者しか知らない、ある種の閉鎖性(それが仲間意識や優越感を抱かせたりもする)を持つものですが、その囲い込みの方向が、ネットの世界ではみんな汚いというか、ちょっとヒネくれた方向に流れて行きます。「炎上」とか「祭り」とか「フルボッコ」とか「ワロた」とか、ネットで飛び交うこういう言葉づかいのセンスは、私は大嫌いです。

 

「炎上」行為に参加する人は、それが楽しくてやっているんでしょうけれど、本人が全く気づいていない、実はもの凄い悪影響があるんですよ。それは「炎上」させている相手に対して、ということだけじゃありません。やっている人が、自分自身に対して、一つの牢獄に押し込めた上で、自傷行為を行っているんです。その恐ろしさを知らないんですね。

 

自分とは考え方がちょっと違うからと言って、匿名性をいいことに、特定の人に、なぜそれほどまでに悪罵を投げつけたりするのでしょうか? そこには、自分を誇示したい、勝ち誇りたい、やっつけてやりたい、自分の下にひれ伏させてやりたい、という単純で未熟な欲望が火を噴いていて、そういう人たちは、その感情をコントロールできないのです。

 

しかもその発端は、ちょっとした考え方の違いや、誤解・曲解から生じている。要するに、自分自身の「観念」と衝突したと感じた瞬間に反応している。これは何を意味しているでしょうか? 自分の「観念」にすっかり嵌っていて、なおかつ感情をコントロールできないのです。そして、縁もゆかりもない人に、憎悪を燃やしてネット上でこき下ろす。

 

こうした感情が、「炎上」のたびに集合意識となって膨れ上がり、その思念の塊がパワーを持って、同類の人をまた惹きつけるのです。

この状況は、何かに似ているとはお思いになりませんか?

 

ピン!と来た人は凄い。そう、幽霊ですよ。地獄をさまよい歩く不成仏霊です。「観念」の虜になって、自分ではそれに全く気づかずに、ただ憎悪をぶつける相手を探し、目をキョロキョロさせながらさまよっている。まるでそっくりじゃありませんか。

 

死霊と生き霊の違いは、ただ肉体を持っているかどうかということだけです。現代社会では、生きながら不成仏霊になりたい人がうじゃうじゃいるのです。「炎上」が創る空間はまさに地獄で、その地獄を好む生き霊たちが、類は友を呼ぶで集まっては、ゲラゲラと高笑いをして「ああ楽しい、愉快だ」と言っている。

 

これが、その人の「魂」にとって、どれほど有害なことであるかは言うまでもありません。無智とは、本当に恐ろしいものだと思います。