by Rainbow School
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夢や願いを叶えるために‥‥

20代、30代のころは、私も人並みに社会的な成功を夢見ていました。とにかく映画監督になりたかった。6歳7歳の頃に観た映画で大変な感動を覚え、自分も将来は人々を感動させる映画を創りたいと思ったのです。そしてそのための野心を燃やして必死の努力をしましたが、チャンスに恵まれませんでした。自分自身の心得違いもありましたが、くやしさで心が張り裂けそうでした。

 

いま考えれば、もっと別の役割が私にはあって、そういう願望が成就させられなかったのかも知れません。むしろ苦悩の方を多く味わわされました。しかし、もし望み通りの順調なステップを歩んでいたら、多くの「真理」に気づくことも出来ず、たぶん錯覚の中に生き続けただろうと思います。それは、私という「魂」にとっては、進歩がないことを意味していました。

 

スピリチュアル関連の書籍や講座には、「夢や願いを叶えるために‥‥」を謳うものが数多くあります。また宗教でも、願望実現を布教の目玉にしているところも多いです。これは、「波動の法則」や「直感」といったサイキックな働きを、願望成就のために応用しようというものです。それ自体は間違ったものではありませんし、実際に効力があります。

 

しかし、もっと考えなければいけないのは、その願望実現が「魂」の成長にとって、果たしてプラスになるかどうかということです。

 

私の友人に、FX(外国為替証拠金取引)にほとんど命を掛けているという人がいました。早い話が博打ですから、タイミングと決断を巡って「心」が激しく揺れ動く。彼いわく「もの凄い精神力を必要とする」ということで、その「心」をコントロールするために、彼はスピリチュアルなものを利用しようとしていました。

 

しかし、私から見ていますと、サイキックなトレーニングをすればするほど、苦悩を増しているようにしか見えないのです。これは、どこかがおかしいのではないでしょうか? 別に博打がいけないと言っているわけではありません。やりたい人は、おやりになればいい。問題はその先にあるものです。その経験をすることによって、いったい何を掴もうとしているのか?

 

彼だって「魂」が輪廻転生するということくらいは知っています。だとしたら、今度の人生で何を体験するのかということです。博打にともなうハラハラドキドキを超越することが、今の最大のテーマというでは、いったい何のためのスピリチュアルへの興味なのか? ある時期、共に学んだ友人として、ちょっと残念に思うのです。

 

インターネットの広告や、BSテレビのCMなどを見ても、若返りや、美顔や、一儲けの類いのものが実に多いです。そして、他ならぬ精神世界でも、「引き寄せの法則」とか「願望実現」といったことを謳って、その風潮に便乗している。そもそも、そうした願望の無意味さに気づかせることが精神世界の役割なのに‥‥。

 

夢や願いを持つことは、悪いことではありません。むしろ必要なことです。それがモチベーションや実際の行動を促す原動力になりますから。ただ、その先も考えて欲しい。人間の本質はあくまで「魂」にあるのですから、その願望実現が「魂」にとってどんな意味があるのか? いつもそれを意識して、行動していただきたいと思うのです。まあ、そういう私も、若い頃には解らなかったんですけれどもね。