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気になっている問題を解消したい時に(2)

次に現実的な要素を含む問題の場合ですが、これは「観念」だけの問題とは違って、自分の意識を転換することのみでは問題を解決することは出来ないのです。この場合、構造的には、「現実的な問題」+「観念の問題」という二重構造になっていることに注目してください。つまり、自分にとって何か都合の悪いことがいま起きている。そのことを自分が思い悩む、という二重の構造です。


このときの思い悩んでいる状態は、何かの都合の悪い問題に起因しています。ということで両者の間には因果律が成立しますから、元の問題が解決すれば、自動的に思い悩んでいる状態も解消されるのです。ですから、現実的な問題は現実的に対処する、適切に手を打つ、ということが大事なのです。


ところが、問題に向き合おうとした時には、一時的に負荷が掛かるために、それが嫌で多くの人は向き合うことを避けてしまいます。その結果、問題がますます深くなる、悩みがいつまでも続く、ということになりがちなのです。ですからそこは、勇気をもって前に進むことが大切です。問題を解決しようと思わずに、新しい経験にチャレンジする気持ちになると、自分を前に押し出すことが出来ます。


さて、この「現実的な問題」+「観念の問題」という二重構造ですが、それぞれの事案によって、両者の割合がみな異なるのです。「現実的な問題」が70%で「観念の問題」が30%とか、「現実的な問題」が10%で「観念の問題」が90%といった具合にです。そして多くの場合、人は「現実的な問題」よりも「観念の問題」の方を、雪だるまのように膨らませてしまう傾向があるのです。


たとえば、会社で人員削減の発表があったとします。もしかしたら自分がその対象になってしまうかも知れない。年齢的に言ってたぶんそうなるだろう。いやそうに違いない。どうしよう。そうなったら、家族になんて言えばいいんだろうか? 家のローンもまだ残っているし‥‥。家を空け渡すしかないのか? そうなったらホームレスだ。この先どうやって生きていけばいい? もう死ぬしかない!


とまあ、極端な「観念」に進む場合だってあり得ます。なぜそう言えるかというと、私が実際そうだったのです。私の場合は自営だったんですけれども、やっぱり最後は「もう死ぬしかない!」まで行きましたもの。結局、現実的な要素を含む問題の場合も、自分の「観念」の問題が大きく左右しているということです。


さてそうなった場合、以前にも、「思念」が現実を創るという話を何度かしていると思いますが、「現実的な問題」と「観念の問題」との間で、フィードバックが起きてしまうのです。


たとえば、夫婦仲に亀裂が生じるような事件が起きたとしましょう。それで疑心暗鬼に囚われて、このままでは夫婦仲が壊れるんじゃないかと心配ばかりしていると、それが態度にも出て、実際に離婚に向けて現実を動かすということが起こり得るのです。

 

特に、体調不良や病気の場合はてき面です。「体」の調子の悪さが「心」に影響を与え、その「心」の不安定な状態が「体」の調子をさらに悪化させるように働きます。


以上を考えますと、現実的な要素を含む問題の場合には、先ず現実的問題にきちんと向き合うということが大切です。その際、出来るだけ過大視しないように、起きたことのありのままを捉えるのです。事実と、評価や感情を区別するのです。

 

そしてまだ起きていないことについては心配しないことです。たとえば交通事故に遭ったとします。そうしたら交通事故に遭ったということだけを捉える。賠償金はどうだとか、怪我は治るかとか、そんなことは考えない。


そして、心の中でこう言ってください。「なんとかなる、なんとかなる、なんとかなる!」言っていれば、実際、なんとかなるものです。