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支配したい気持ちは「愛」の変形(1)
究極の「愛」は、すべてのものが一つと認めることです。あなたとわたしは一つ、人と自然は一つ、生きとし生けるものはみな一つ、宇宙は一つ。一つですから、あなたはわたしであり、わたしはあなたであり、そこには区別というものがないのです。一つですから、あなたが宇宙(ミクロコスモス)そのものなのです。一つですから、あなたは生命の体現者なのです。

ここに至った心境の表出が、いわゆる「無償の愛」「無条件の愛」というものになるのです。つまり、私たちはみな、最終的にそこを目指していると言えます。

ところが、私たちは、それぞれ個別の「魂」を持ち、己の肉体というものを有しています。これは「みんな一緒」という心境に至ることを体験するために、あえてそのようなプロセスを踏んでいるからなのです。けれども、そうした理由を誕生後にはすっかり忘れているために、「愛」を巡って様々な葛藤を繰り返すのです。

このことは、これまでにも何度かお伝えしていますが、もともと一つだったものが、一つになるということを「経験」するために、わざわざ分離するというプロセスを経て、私たちは誕生しています。そのため、分離して自由になりたいという願望と、一つの家に戻りたいという願望が、誰の中にも、同時に存在しているのです。

これが「愛」というものの秘密です。私たちは一見、その矛盾した、二律背反的な願望の間を、行ったり来たりしながら、それぞれが「愛」というものを学習体験しているのです。

その学習体験としての一つの表れが「支配」です。「支配」と聞いて、「ええっ、『支配』と『愛』とにどんな関係があるの?」と首を傾げられる方もおられるでしょう。けれども、これは日常的によく見かけられる光景です。

恋愛の初期に、「好きで好きでたまらない」と思って一緒になってみたら、相手は自分のことを「支配」したいだけだったと後になって気づく。あるいは、私のことをいつも「心配だ、心配だ」と言い、口うるさく干渉して来る親は、自分では愛情をかけているつもりのようだけれど、私から見たら「支配」なんじゃないかと疑問に思う、など。

これらはみんな、「条件付きの愛」なんですね。相手の自由を認めようとはしないのです。相手の自由を認めたら、どこかへ飛んで行ってしまうと思っている。ですから相手を条件で縛り、それを「愛」と自分では思っているのです。「見て見て、私だけを見て!」「浮気なんかしちゃダメよ」「私がこんなにも思っているんだから、あなたも少しは返しなさい!」etc.。

結局、「支配」というのは、「分離」と「愛」という二律背反を、都合よくまとめる一手段として出て来たものなのです。「分離」したまま「愛」する。「愛」するが、「分離」しているという条件は決して手放さない。ですから「無償の愛」「無条件の愛」という心境には至らない。つまり「支配」は、「愛」の変形、歪んだ「愛」の形なんですね。

「分離」と「愛」という二律背反を超えようとするには、二つの道があるのです。一つは「無条件の愛」を目指す道、もう一つは「支配」を目指す道です。この二つは真逆ですが、出発はどちらも同じなのです。

さてここで、びっくり仰天のお話をしましょう。(この続きは明日)