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「闇」と「魔」
「闇」はありますが、「魔」というものはありません。「魔」は、人間が作った完全なるフィクションです。「光」が当たらないところには「影」ができますが、全く当たらないとき、そこは「闇」になります。ですから厳密に言えば、「闇」も「在る」のではなく、単に「光」が当たっていない「状態」だと言えます。

では「魔」というものは何でしょう? あなたは「闇」が怖いでしょうか? 仮に毎日生活している家の中が真っ暗だったとしましょう。家具調度品の位置もいつものままです。違うのは、ただ「光」が当たっていないというだけ。さて、怖いですか? もし怖いとすれば、それが「魔」です。

お解りでしょうか? 「魔」は、「闇」を見て、あなたが作り出した観念なのです。

「闇」はありますが、「魔」というものはありません。「魔」は、人間が作った完全なるフィクションです。そして人間は、もう一つの壮大なフィクションを作りました。それが「神」です。「光」の側に、「神」を想像(=創造)したのです。

「光」はありますが、「それ」を「神」と呼ぶかどうかはあなたの自由。しかし、これまでに人間が作ってきた「神」概念は、相当歪んだものであることに注意しなければなりません。

それは、宗教、宗派によって、奉じている「神」が違うということだけを見ても明らかです。もし、万物の創造主を「神」と呼ぶのであれば、それは共通していなければおかしいです。あっちにもこっちにも、違う創造主がいて「我こそが本物である」と主張し合うなんて、「神」さまってそんなにおバカさんなんでしょうか?

しかし人間は、想像力を働かせて、「光」と「闇」を、「神」と「魔」の観念に置き換えてしまいました。そして、「魔」を「神」が打ち倒す、あるいは「神」が「魔」から人々を救うというフィクションを作り上げて、これを信じ込んだのです。こうして、世界各地に組織宗教が出来上がって行きました。

過去2500年くらいは「魚座の時代」でしたので、組織宗教が隆盛を誇りました。魚座は別名「双魚宮」と言い、ゾディアックシンボルは、回転するように並んだ二匹の魚によって表現されています。これは二元性を表したもので、「光」と「闇」、「神」と「魔」の観念をシンボライズしています。

けれども、水瓶座の時代に入った今は、組織宗教の時代が終わりを告げ、いよいよ万人に「真理」が明らかにされる時代になったのです。空っぽだった水瓶に「真理」の水が注がれ、「闇」に「光」が当たり、これまで隠されていた事が次々に明るみに出て来ます。

今はその転換期にあるため、世界は大混乱状態にありますが、大局的見地から言えば、この流れを止めることは誰にも出来ません。しかし、大きな流れはそうなるのですが、2000年に渡る組織宗教の強力な刷り込みと、誰しもが不安や恐怖という感情があるために、「魔」があると信じ込む人がなかなか減らないのです。

しかも、霊感の強い人の中に、「魔」を強調する人が大勢おられるというのは困ったものです。この人たちは、霊感があっても「真理」の法則に関する知識がなく、自己の感覚だけを重視して「闇」を「魔」と取り違えて語るのです。それだけならまだしも、それを周囲の人たちに吹聴してしまう。すると、不安や恐怖心を刺激するので、大衆の耳目を集め、組織を作ることができるというわけです。

ここでハッキリ言っておきますが、不安や恐怖を煽る情報は、霊能者だけでなく、どんな立場の人が言うにせよ、すべてニセモノです。宇宙に不安や恐怖など、本質的にはありません。宇宙にはただ変化と愛だけがある。それを、不安や恐怖と感じるかどうか、「魔」と解釈するかどうかは、その人しだいなのです。

どうして、宇宙に「魔」など、ありましょうか? 仮に「魔」があるとしたら、その「魔」を創ったのは誰なのでしょうか? 「神」でしょうか? だとしたら、「魔」は「神」の一部です。その場合、自分が創った「魔」と「神」が戦うというのでしょうか?

なんのために? なんのために、そんなゲームをしなければならないのでしょうか? もしそうだとしたら、我々はみな、「神」のゲームに使われる駒に過ぎなくなってしまいます。

いやいや、そうではなくて、最初から「神」vs「魔」という二元対立があったのさ、と主張する人がおられるかも知れません。ではどうして、その二つが「最初から」存在することになったのでしょうか? もし対立する二つが、あらかじめ存在したというのであれば、その二つを創った第三者が、別に存在しなけばならなくなってしまいます。

結局のところ、創造主というのは一つです。そうでなければ論理が成り立ちません。創造主は一つなのですから、もし「魔」があるとすると、それは創造主が創ったということになり、最初に仮定した推論に戻ってしまいます。このようにして、論理的に考える限り、「魔」などあり得ないということがお解りいただけるでしょう。

このように「魔」はありません。しかし「闇」があることは確かです。なぜなら「光」があるからです。一人の人間の中にも「光」と「闇」があり、「光」の多い人と「闇」の多い人がいることも確かです。それは「魂」の成長段階が違うのです。宇宙の中には、「闇」のまま進化した「魂」もいて、それらが地上の「闇」を支援していることもまた確かです。

どうして、ニュースでは、ネガティブな報道ばかりを流していると思いますか? どうして、地震やテロや病気や貧困やパンデミックの恐怖を与える情報ばかり、強調していると思いますか? それらを強調すれば、人々の中にある不安と恐怖を刺激し、注目を集めることができます。そうすれば、今度はその「対策」と称して、人々を支配できるからなのです。

この構造は、巨大かつ複雑なシステムになっていて、頂点に立つ人はほんの一握りなのですが、「闇」に惹かれる人々、「闇」に魅力を感じる人々が、そのフォロワーとして活動しています。大衆はこれらの人々に洗脳され、奴隷化状態にあります。けれども「洗脳」が行き届いているために、殆どの人が、自分が奴隷化されていることに気づいてはいないのです。

「魔」は、その「洗脳」をマスキングするための、スリ替えに利用されています。「魔」に注目を集めれば、「闇」がまさに闇に隠れてしまいます。なぜなら、人々は「真理」よりも、オカルティックなエピソードの方をより好むからです。このようにして、歴史的にも「魔」が大衆洗脳の道具として利用されて来ました。

しかし、途中でも申し上げましたが、今は「光」が強まっている時代です。今まで隠されていた「闇」がどんどん明るみに出て来ています。これを読んでくださっているみなさんは、「闇」と「魔」の違いをよく認識して、「魔」に落ちないようにしていただきたい。

「魔」に落ちないとは、恐怖心を抱いたり、下らないことに心を動かされないということです。「闇」の戦略に、ウカウカと乗らないようにね。

北朝鮮がミサイルを発射した? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか? 国内でもジカ熱感染者が見つかった? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか? 国会議員が不倫した? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか?

それらの話題に関心を示せば、あなたの波動は、自らを下げることによって同調しようとします。それは結局、あなたにイライラや不快感をもたらすだけです。あなたの中の「闇」の部分ではなく、「光」の部分を目覚めさせてください。

あなたが、明るく元気に毎日を生きることが、世の中を照らす一番の「光」になるのです。このことを強くイメージして、毎日を生きてください。