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結婚、出産は女の幸せ?
年ごろになって、「いつ結婚するんだ」「子どもはまだか」と、周囲から何かと責められてウンザリしている人も多いことでしょう。特に女性に対しては、出産年齢に限りがあるため、この圧力が非常に強い。何より政府が無責任にそれをほざいています。子育てが困難な社会状況を、自分たちで作っておきながらねぇ。

でもどうして、こういう紋切り型の圧力言葉が横行するのでしょうか? 適齢期の人が親から責められるのは、それぞれの「家」の事情や、DNAを継続させたいという本能的欲望もあるのかも知れません。しかし一番の理由は、その人が「両親」から生まれたということにあると思います。

えっ、意味が解らないですって? その人が、いまこの世に存在しているということは、両親がいて、結婚して、Sex したからです。ですから親は、そういう経験を経て来た自分を、潜在意識下で肯定したいし、それが最も自然だと思い込んでいるのです。そこであまり深く考えずに、冒頭のような発言になるのです。

けれども、「結婚、出産は女の幸せ」という単純な思いの中には、次元を異にした複数の問題が、一緒くたにして放り込まれています。そのことに当の発言者たちは気づいていません。それに人間は、他の動物とは違って、社会システムを随時変革しながら生きているので、この変革の影響を非常に強く受けます。

先ず「結婚」ということですが、これは単なる制度に過ぎません。そのため、国や民族によって、また時代によって、定義が異なります。日本で今「結婚」と言ったとき、それは何を意味するのでしょうか?

生活の実体があろうがなかろうが、書類を役所に提出すれば「結婚」と認められるのでしょうか? それとも結婚式を挙げれば「結婚」なのでしょうか? あるいは初夜を迎えた時なのでしょうか? では同棲しているカップルは「結婚」したことにはならないのでしょうか? 同性のカップルは「結婚」とは言えないのでしょうか?

動物には「結婚」はありません。動物番組を観ていると、繁殖のためにカップルが出来たとき、それを「結婚」と言ったりしていますが、それは人間のアナロジーを動物に当てはめて言っているだけです。動物は本能に生きていて、繁殖のためにつがいを作るだけです。

人間にも、繁殖して子孫を残すという動物的側面は確かにあります。しかし人間は社会の影響を強く受けるので、自ら変革する社会システムによって、この繁殖行動は大きく変化させられて来ました。特にこの半世紀の変化は凄まじく、一世代違えば、考え方も感覚も行動も大きく異なり、親の結婚観を子に押し付けることなど、もはや不可能です。

ですから、「結婚、出産は女の幸せ」などと、もう単純に言える状況下にはありません。さてそこで、もう一つの問題が絡んで来ます。それは「幸福感」と「幸福観」です。一般論として、「結婚、出産」は本能的な「幸福感」を女性にもたらしてくれるかも知れませんが、人間は同時に社会的な生き物ですから、「幸福観」というものが各人に育っています。

この「幸福感」「幸福観」というものは、大脳が感じているものであって、大脳を発達させてきた人間は、単なる本能を超えた感情を持つのです。ですからそこには、育って来た環境や、教育や、社会システムが何重にも影響を与えていて、個人それぞれの「幸福感」「幸福観」を形成しているのです。そのことを、先ず認めてあげなければなりません。

ここでいったん整理しますと、人間というものは、他の動物と同じように繁殖行動の本能を有してはいるけれども、それが(近年特に)弱まっており、代わりに大脳が発達して、本能に勝る「幸福感」「幸福観」を個人個人が抱くようになった。ですから一括りにすることはもはや出来ず、個々人の考え方を、先ずは認めてあげなくてならないということです。

政府が「希望出生率1.8」などと言うのは、出産というものを、マクロな観点から、単純に「国力」に結びつけて考えているわけで、私などはそういう発想があることにびっくりです。社会環境の変化と、個人の「幸福感」「幸福観」の変化を最初から無視して語っているわけですから、まったくお話になりません。

ではここで、「結婚、出産」問題を、「魂」の観点から見たらどうなるかをお話しましょう。政府がどんなに熱烈に「希望」をしようが、社会変化は止められないのですから、いま置かれた状況の意味をもっと大きく捉えるためには、やはり「魂」の観点から見なければならないということです。

先ず「魂」は、輪廻転生するということを思い起こしてください。「魂」は、性別や立場を替えて、何度も輪廻転生を重ねながら、様々な感情体験を経ることによって成長して行きます。ですから今世、結婚・出産を経験しないからといって、誰からも責められる理由はないし、本来的にそれはあなたの自由なのです。

過去世ですでに充分経験して来たかもしれませんし、来世に経験することにして、今世では違う人生経験を「魂」が希求したのかも知れません。子どもが大好きなのに赤ちゃんが出来ないという人は、もっと博愛的な愛の学習機会が用意されているのかも知れません。このようにして、「魂」の学習経験は人それぞれですし、一概に何かを断じることはできないのです。

また「幸福感」「幸福観」というものも、(まさにそれが学習テーマなのですが)何を選ぶかは、あなたの完全な自由なのです。その自由意志の行使の仕方が、今世におけるあなたという人間を最終的に創り上げます。ですから重要なのは、何がいいとか悪いとかではなくて、いつも自分が意識的に行動することなのです。社会通念や親の期待などは無視して構わないのです。

さて、マクロで見た場合、人口動態の変化には、やはりそれなりの意味というものがあります。目の前の「結果」というものは、すべて背後にある意志の繁栄ですから、社会全体の結果には、集合した意識が関係しています。日本を含めて先進国で出生数が低下しているのは、やはりそれなりの意味があるということです。

それが何であるかは、各人で考えていただきたいと思いますが、国力だけの観点から「希望出生率1.8」などと言っても、どうにもならないということだけは申し述べておきます。それよりも、少子高齢化を悪いことだとは思わないでください。そこにも意味があるのです。それを感じ取って、少子高齢化の中で素晴らしい社会を創るために、自分が出来ることをなさって行ってください。